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明日は土曜、愛する妻と娘と三人で遊園地だ!
定時に仕事を終えた僕はウキウキルンルン、誰よりも早く廊下へ出て、リズミカルなツーステップでエレベーターまで向かう。
楽しみだな~、早起きしてお弁当作っちゃおっかな~
チン、と鳴って扉が開いた。
「ふんふんふ~ん♪」
軽やかにターンしながらエレベーターの中へ入り、流れるような動作でボタンを押す。ところが大きな手が閉まるドアをガッ! とつかんで止めた。
「た~か~や~!」
「ギャーッ!」
太い腕が無理やり扉をこじ開け、大柄な男がぬっと入ってくる。同期入社の友人、牧だ。
「なんだよ、脅かすなよ!」
「くそっ、幸せそうにしやがって……」
牧はぶつくさ言いながらウインナーのように太い指で「閉」ボタンをドスドス連打する。やめろって、壊れるから!
動き出したエレベーターの中で、僕は水を向けた。
「牧はなんでそんなに憂鬱そうなの?」
「よくぞ聞いてくれたっ!」
「わぁっ!」
牧は勢いよくこちらを向き、ドンッ! と壁に手をついた。チン、とエレベーターが鳴って開く扉。女性社員がふたり、壁ドンされている僕と目が合い、ポッと頬を赤らめて申し訳なさそうに横を向いた。
「あっ……ち、違うんです!」
扉はスーッと閉まり、エレベーターは再び下降を始めた。
「誤解されたぁぁぁっ!」
「聞いてくれ高谷! 結衣が怒って出て行ったきり、もう三日も連絡をくれないんだ!」
悲痛な叫びを上げる僕にかまわず、真剣に訴える牧。
「えっ、あんなに仲良かったのに?」
結衣とは牧の彼女で、ふたりは一年前から同棲している。何度か一緒にご飯を食べたことがあるから知っているのだが、牧と結衣ちゃんはおそろいのメニューを注文して互いに食べさせあいっこするくらいラブラブなのだ。同じ料理なんだから自分のを食べなさいよ。
「なにが原因でそんなことになったのさ」
「結衣の留守中に彼女のおばあちゃんが訪ねてきたから、良かれと思ってプロテインドリンクを出したんだ」
「おばあちゃん、何歳なの?」
「八十歳だ」
「…………」
「ラージサイズを飲み干してくれたよ。でも結衣に『なんでココア味にしたの? うちのおばあちゃん、チョコレート苦手なのに!』ってすごく怒られて……」
「怒るとこ、そこ?」
「無理して全部飲んだせいで、おばあちゃんはそのあとお腹を下して寝こんでしまったらしい」
おばあちゃん、かわいそうすぎる。
「俺がおばあちゃんにムキムキになって欲しくて、強く勧めたばっかりに……!」
「なんでおばあちゃんにムキムキを求めてるんだよ」
「俺は……俺はなんてことをしてしまったんだっ!」
ドーンッ! と牧は壁に正拳突きをした。やめろって、エレベーター止まるから!
「結衣の大事なおばあちゃんを健康的なマッチョにするどころか、お腹を壊してゲッソリさせてしまうなんて!」
「いや、だからおばあちゃんをマッチョにする必要はないから!」
「結衣が怒って帰ってこないのも当然だ! もう許してもらえない……うぅ、俺は結衣なじでどうやっで生ぎで行げばいいんだ……ひっぐ」
「泣くなよ! そして僕に抱きつくな!」
「ズズ……ズビッ」
「こらー! 人のスーツで鼻水を拭くんじゃないっ!」
牧の太い腕でぎゅうぎゅう羽交い締めにされもがいていると、チン、とエレベーターが一階に着き扉が開いた。フロアに居た数人の男女と目が合う。みな気まずそうに顔を赤らめ、そそくさと視線をそらした。
「ち、違うんです!」
無情にも、扉は再びスーッと閉まった。
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