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「あ、ママのおパンツもってきちゃったー」
「花ちゃん、しーっ!」
僕は人差し指を立てて静かにするよう合図した。襖のすき間からリビングをうかがう。美和はたたみかけの洗濯物を見て、花を探してかキョロキョロしている。見つかるのも時間の問題!?
「しりとり、はなちゃんからねー。『り』。りこんとどけ!」
「うぐッ!」
初手からクリティカルヒット! わが娘ながら、なんという戦闘力だ。僕は胸を押さえゼエハアと息をついた。
「『け』、けっこん指輪……」
そうだ。僕の結婚指輪。一体どこに落としてしまったのだろう?
僕がしりとりという名のデスマッチに身を投じていると、リビングの電話機が鳴った。妻は娘の姿を探すのをやめて受話器を取る。
「もしもし? ……え、夫が痴漢? 現行犯逮捕って、今ですか?」
(えぇぇぇぇぇっ!?)
そんな馬鹿な! 僕はここに居るよ!?
「『わ』。……わいせつ!」
「花ちゃん、どこでそんな言葉を!?」
僕は色んな意味で半泣きだ。というか、あの電話は詐欺なのでは!?
まずい、このままでは美和が多額の金を請求され振り込んでしまう!
「……示談金? なに言ってるの、あなたも警察なら、しっかり牢に入れなきゃダメでしょ!? 煮るなり焼くなり、好きにしてちょうだい!」
ガチャン! と電話を切る美和。
(えぇぇぇぇぇっ!?)
「パパのばんだよー。『つ』!」
「つ、つらい……」
僕は煮るなり焼くなりされることを望まれているのか……しくしくしく。
さめざめと落ちこむ僕の頭を娘がナデナデしてくれた。優しいなぁ、と思ったら美和のパンツを僕の頭にかぶせているだけだった。やめて。
「いつの間に出かけたのかしら。外で痴漢してるなんて……ますます許せない!」
襖の向こうでは妻が怒りを募らせている。怖いよぉ! このまま出て行ったら寝技でシメられるかもしれない。
「あっ、しまった。仁が家に居ないなら、出前が無駄になっちゃう!」
ハッとしたように呟く美和。えっ、夕飯の出前を頼んでたの? 花を連れて実家に戻るつもりなのに、残された僕の食事の心配をしてくれているなんて。ああ、やっぱり美和は優しくて最高の妻だ。
「どうしよう……キャンセル不可って言われたし。ああもう、せっかく特上寿司三十人前で困らせてやろうと思ったのに!」
(えぇぇぇぇぇっ!?)
気遣いじゃなくて復讐!?
「『い』、『い』、……いしゃりょう!」
「だから花ちゃん、どこでそんな言葉覚えたの!?」
まさか妻が娘に慰謝料の話をしてるのか? ああマズイ、そんな深刻な事態になっているだなんて……!
「ワサビたっぷり入れてってお願いしたのにぃ~っ!」
目の前では美和が悔しがって地団駄を踏んでいる。そのジタバタしている姿が子供みたいでなんだか可愛い。ハッ、そうだ! 僕は妻のおっちょこちょいで子供のように無邪気なところが好きなのだ。こんなところでコソコソかくれんぼしてる場合ではない。誤解を解いて、夫婦の危機を乗り越えなくては!
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