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「高谷、これ届けに来たんだ。お前のだろ?」
牧はそう言うと、ピンと小指を立てて見せた。俺の女? あっ、違う、牧の小指にはまっているあれは僕の指輪だ! 小指太っ! 第一関節で止まってるじゃないか。というか人の結婚指輪を勝手にはめるな。
「どこにあったんだ?」
「キッチンの排水口のゴミ受け。食器洗ってくれた時に取れちゃったんだな」
ああ、洗剤でヌルヌルして外れたのか! 眠くてうつらうつらしながら洗ってたから、気づかなかったんだ。
「良かったぁ……」
僕は花を床へ下ろすと牧から指輪を受け取り、元通り薬指にはめた。うん、しっくりして落ちつく。大切な物が戻ってきてくれて、僕の心も大切な想いに満たされていくようだ。顔を上げ、ふとテーブルに目が留まる。離婚届の上のプラチナリング。それを手に取り、僕は妻に向き直って言った。
「美和。僕は浮気なんてしないよ。もちろん、痴漢も詐欺もしない。僕は美和のことも花ちゃんのことも、大切で大好きなんだ」
「仁……」
「でも、大事な指輪をうっかり失くしたりしてごめん。約束してたのに、遊園地に行けなくなったことも。美和と花ちゃんさえ良ければ、この埋め合わせを明日したいんだけど、ダメかな?」
優しく彼女の左手を取り、ゆっくりと指輪をはめてあげる。すると美和は急にあたふたと落ちつかない様子になった。見る間に頬がピンク色に染まっていく。
「や、やだ、ダメなわけないじゃない。私の方こそ、その、ごめんなさい。仁が浮気したんだと思ったら、今日を楽しみにしてた自分がバカみたいで、すごく頭にきちゃって……」
「バカじゃないよ。僕も遊園地行くの、ずっと楽しみにしてたよ」
「そうなの?」
美和はパッと嬉しそうな笑顔になった。可愛い。やっぱり僕の妻は最高だ!
「いいな、遊園地! よし結衣、俺達も明日行こう!」
「ダメだよ憲一君、お邪魔したら……」
「あら、いいじゃない? ねえ、仁?」
「そうだね、みんなで一緒に行こうか。それと牧、今夜は結衣ちゃんとうちで夕飯食べていきなよ。特上寿司の出前を取ってあるんだ」
「寿司!? やったー! 食う食う!」
「ただし、自分の分は払えよ? お前めちゃくちゃ食べるんだから」
「ああ、昨日は高谷が飲み代おごってくれたしな! なんなら俺が全部出すぜ!」
「言ったなー?」
僕は笑いながら牧の肩を叩いた。うん、大量のワサビはみんなで除去しつつ食べるとしよう。「ねー、ねー」花が僕のズボンを引っぱって聞いた。
「はなちゃん、ママのじっかにいかなくていいの? あした、ゆうえんちいけるの?」
僕は再び娘を抱き上げ、微笑んだ。
「そうだよ。明日、みんなで遊園地に行こう。フリーパスだから、花ちゃんの好きなコーヒーカップもメリーゴーラウンドも、何回でも乗り放題だ」
「やったぁ!」
花は満面の笑みでバンザイしたあと、思い出したように「あっ」と声を上げ、得意げに言った。「はなちゃん、こういうのなんていうのか、しってるよ!」
「『だ』。だいだんえん!」
Happy End!
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