夜行バスとその先で

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 この日はしーちゃんの家に泊めてもらった。楠太朗は顔見知りのしーちゃんの母親と何やら会話を交わして軽く叱られていたが、それも優しいものだった。特に誰かに連絡されてしまうこともなく、その後は暖かいこたつの中で三人丸く縮まった。人生で初めてこたつに入った私はすっかりしーちゃんちのこたつの虜になりそのまま寝てしまった。後から聞けば何をしても起きなかったらしい。  どれだけ夜行バスの中で安心していたと言ってもこたつの暖かさに絆されてしまうのだから私ってのはチョロいものだ。楠太朗は笑ってそれを話してくれ、また頭を撫でてくれた。それを見てしーちゃんも微笑み、なんだか家族みたいだった。真似っ子に過ぎなくても、ポカポカしていて嬉しかった。 「朝起きたら海見にいかん?」  しーちゃんの一言にパッと顔を明るくさせてしまった私を追うようにして楠太朗が返事をする。 「運転、お願いしてもいい?」 「おっけ〜」  東京に住んでいてもあまり海を見に行く機会なんてものは無かったから、ましてや連れていってもらったことなんて本当に本当に小さい頃にだけで、大きくなってからは夏だろうが冬だろうが海とは無縁だった。だからとても嬉しかった。  明日のことを楽しみにするのなんて久しぶりで、正直私は周りが全く見えていなかった。一番見ててあげなきゃいけない楠太朗の表情ですら、どんな曇り方をしているのか気づかなかった。 「じゃあ明日は早く起こすからゆっくり寝なね〜」  しーちゃんの声で電気が消される。 「楠太朗、おやすみ。明日楽しみだね」 「伊世はあまり海見たことないって言ってたもんね。俺もたのしみ」  もう一度おやすみを言い合って目を閉じた。ザザー、ザザーと瞼の裏に浮かぶ知らないどこかの海。来たことがあるのか無いのかも分からない標準的な海。私の浅い朧気な記憶と知識が生み出したウソのウミ。ザザー、トプン。ザザー、トプン。一定に流れる頭の中の波の音が眠気を連れてくる。気づけば意識は薄れて海の中にいた。いつか見た夢と繋がる、海月の夢。身がボロボロになりながらもフヨフヨと浮いている。またやってきたサメにガブリと噛まれたところで意識は途絶えた。  翌朝、パタパタとしーちゃんに叩き起され車に乗り込んだ。すっかり甘やかされきっている私は、楠太朗が道案内の為に助手席に座ったのを見て後部座席で一人横になって寝転んだ。  引越し途中に未知の世界へと紛れ込んでしまう三人家族のアニメ映画を思い出した。確か、ガタガタと揺れる車内で主人公は不貞腐れていた。一方、カタカタと、ガタガタと一定のリズムを保ちながら進むこの車の中でも私はご機嫌だった。もうすぐで海だ。広くて、全てをザザーと飲み込んでくれる、はず。朧気な記憶がドンドンと海をいいものとしていく。
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