あさごはんと

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あさごはんと

 最寄り駅から電車に揺られ数駅、近場のターミナル駅まで来た私と楠太朗は、一度下車して朝食を取る事にした。これから死ぬというのにお腹は空くし、そのせいで不機嫌にもなる。もちろん朝起きて口にできるようなものは家には何も無かったし、買ってきて食べてる暇も無かった。バレる前に、いやバレてもいい、例えバレてもどこかへ逃げ切ることが最優先だった。  もっと遠くへ行かなければという思いと、ただただお腹が空いたという思いが拮抗した結果、後者が勝った。主によく食いしん坊だと表現される私の誘導勝ちだったのだけれど。  チェーン店のファミレスに入った私たちは人目のつかない角のソファー席を探して座った。それでもどうしてだか窓からは離れがたくて、窓際の角の席を選んだ。私も楠太朗も窓が好きだった。そこから見える雑居ビルの間の僅かな隙間に置いてあるモノたちや景色、空の移り変わり、慌ただしくまたはゆったりと歩いていく人たちの流れをただ眺めているのが好きだったから。 「いいね、ここ」  楠太朗がそう言って外を眺める中、お腹が空いてだんだんと悲しくなってきた私は外ではなくメニューに目を落としていた。こんな時にでもお腹は空くし「大盛りにしようかな」なんて思ったりもするんだな、なんて呑気に考えながら朝食メニューの中で一番お腹が膨れそうなものを選んで声に出した。それを聞いた楠太朗は吹き出すように笑って、じゃあ俺もこれ、と鉄火丼を指差し選んだ。  呑気に合わせて呑気に、朝食メニューでも一位二位を争う鉄火丼を選んだ楠太朗が面白くて私も声を出して笑った。結局、眺めるのが好きだった外の景色をあまり見ることなく私と楠太朗はそう時間もかけずに料理を完食した。 「ごちそうさまでした」 「ごちそうさまでした」  重ねずにズラして言葉に出したごちそうさまは、昨日の夕飯で口にしたごちそうさまよりも重みがあって、口にしたあとしばらく湿った沈黙が漂った。  さ、行こうかと楠太朗が席を立とうとした瞬間、そして私もそれに倣って立ち上がろうと身支度を始めた瞬間、リュックの脇ポケットに入れっぱなしにしていたスマホの冷たさに触れてハッとした。電源を切るのを忘れていた。人のスマホを勝手に見るような母のことだから、面倒事になる前に電源を切っておこうと思っていたのに。  画面をタップして通知を見れば無断欠席している学校からと母、祖母からも電話が来ている。それも何度も何度も。スクロールしても終わらない不在着信の画面を見ている私に何かを感じた楠太朗は一言だけ「切っときな、それ。大丈夫だから」と言ってさっさと会計をしに行ってしまった。  そんな少し突き放したようなやさしさが嬉しくて、心の底を温かい濡れ布巾で拭われ、掃除されていくようなそんな安心感でいっぱいになる。すぐ行動に移すくせに臆病で心配性な私だけだったらきっとここで引き返していた。謝ればまだ大丈夫、ちょっと休みたくなっただけ、そう言えばまだ、と。  スタスタとレジへと歩いていく楠太朗に私もまたうん、とだけ返事をして着いていく。覚悟を決めていなかったかと言われればそうでは無いけれど、この冷えきったスマホの電源を落とした時からがやっと、本当のふたりきりの始まりだった。
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