魔法少年は帰りたい

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 何をしたんだ、どこへ行くんだ。そう聞きたいのに声が出ない。逃げ出したいのに思うように体が動かない。何なんだこれ。こんな魔法知らない。  奏が歩くたびに俺の首についた鈴がチリンチリンと音を鳴らす。ええい、鬱陶しい。こいつ絶対許さねぇ。ポケットに入ってるせいで辺りの状況がほとんど見えない。というか狭い。 「『シンデレラになりたいな』」  奏が何かつぶやいた。いや魔法の詠唱だろうか。すると次の瞬間、周りの生地が急に無くなって、気づけば外に……というか今度は奏の腰のベルトに固定されてる。 「ごめんね、検定監督官の服は胸ポケットないからとりあえずそこで我慢してね」  言いながらかまわず歩く奏。もう本当に何が何だかわからない。  そうしてたどり着いたのはよく見慣れた部屋。パラディフィールド家領主の書斎、つまりベルの書斎だ。既にフォーマルに着替えたベルは奏が入室してくるなり苦笑して言った。 「一応ノックぐらいはして欲しいんだけどな」 「なによ、何かやましいことでもしてたのかしら」  ツン、とそっぽを向く奏。ベルは「そういうわけじゃないけど」と言いながら話題を変えた。 「それで、リンはどこだい? 連れてきてくれたんだろ」  奏はベルトから俺を外すと、ベルに向かってほおり投げた。もっと丁重に扱ってくれ。 「わっ、ずいぶんと可愛らしい姿になった。……これ、普通にどこかに飾りたいな」  そう言いながらリンは俺の体をにぎにぎと指圧する。別にぬいぐるみだから痛いわけじゃないけど……気色悪いからやめてくれ。 「あとちょっとしたら魔法が解けるから、あんまりやってると本当につぶれちゃうわよ」 「そのようだね、残念。『空飛ぶ魚も水が奪われ、海行く鳥も――』」  クソ、また鳥籠魔法か……。ベルが唱え終わるまで結局俺は何もできずにただ鋼の檻の中に閉じ込められた。実の弟に何度も使う魔法じゃないだろこれ。  ベルは出来上がった鳥籠を抱きかかえると、くるりと回して俺に奏が見えるように調節した。 「もう自己紹介はしたの?」  奏は「名前程度はね」と答えた。よく見ると出会ったときと服装が違う。いつの間に着替えたのだろう。 「それならもう少し補足した方がよさそうだね。リン、彼女の名前はカナ。学会時代からの友人で、今回の魔法検定ではスタッフの一人として雇っている」  学会での友人? ベルに? 友達いたのか。 「ほら、リンも噂程度には聞いたことあるだろ? 天虹(てんこう)の魔女。それが彼女の二つ名さ」 「天虹!? あの虹級の?」  あ、声出た。体もぬいぐるみから元に戻って自由に動かせる。……大きさはそのままだけど。  天虹の魔女と言えば学会の問題児として一躍有名だった。いたるところでハプニングを起こしては、停学にしろとか、退学にしろとか言われるのに、成績だけは良く、そしてさらに一握りしかいない魔法検定最上位である虹級を取得している天才であることから、結果飛び級という形ですぐに学会を卒業したのだ。どんな暴れん坊かと思っていたけど、まさか菜穂の姉がそうだったなんて。 「いや待て。なんで菜穂の姉がそもそもコルレガリアの学校に通っているんだ。あいつは科学界の人間のはずだろ?」 「留学よ、留学。ちなみにあんたらと違って不法入国じゃないからね。私は正式に琴宮の門を通ってこっちに来たから」  科学界の人間がコルレガリアに、しかも教育機関最高位の学会に留学? もうわけがわからない。  俺がさらに質問を重ねようとするとベルが間に入って止めた。 「まあまあ、その話はまたあとで。今は魔法検定まで時間がない。『浮かべ』」  抱きかかえていた鳥籠を離し、俺ごと宙に浮かされた。 「じゃ、先にあなたの魔力コピらせてくれる?」  奏がベルに歩み寄りながら尋ねる。コピるってなんだ?  ベルの目の前に立った奏はそのままベルの下顎に両手を当てて顔を重ねるようにゆっくりと近づける。 「いいよ。あ、けどほどほどにしてよ。リンの前だし……」 「馬鹿、見せないわよ。それに――」  そこで鳥籠に布がかぶせられた。何が起きているのかわからない。 「――これに他の意味なんてないんだから」  奏のその声はどこか寂しそう。直後、布の向こうが空色に光った気がした。  
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