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魔法少年は帰りたい
~待ちぼうけ~
街はもうすっかり夜の帳が下りて、満月が空高くでほの暗く輝く。縁側で足をプラプラさせて空を眺めていると、宮地くんが「遅い」と吐き出すように言った。
今日は5月3日の憲法記念日。今日から私は3日間、宮地くんのお兄さんのベルに誘われて、魔法界に行くことになっている。ただ、例の手紙には何時に迎えに来るのか書いていなかったため、こうして朝から宮地くん家で待っているんだけど……
「遅い、遅すぎる。もうすぐ9時だぞ。午後の! 午後9時! というか迎えに来るっていったって一体どうやって来るつもりなんだ。馬車か? かぼちゃの馬車なのか?」
わあああ、と頭を搔いてその場で悶える宮地くん。ほぼ1日中縁側に座り続けている私もだんだん眠たくなってきた。ショウ……いや、ベルは本当に今日来るのだろうか。欠伸をして持ってきたリュックによっかかる。そうしたままうとうとしながら、また私は今朝のことを思い出していた。
~おまじない~
「それじゃお母さん、行ってくるね」
リュックを背負ってバイバイとお母さんに手を振る。
お母さんには「魔法界に行く」なんて言えるわけもなく、絵里ちゃん家に泊まると言ってある。
「ちょっと待って、菜穂」
嘘をついていることが決まり悪くって、早く家を出たい私を、お母さんは直前になって引き留めた。
「な、何かな、お母さ―― わぁっ!」
ほんのりとあたたかいお母さんの匂い。突然お母さんが私を抱きしめてきたのだ。お母さんの金色の髪が顔に当たって少しくすぐったい。
「本当はあの男の子のところに行くのでしょう?」
え、バレてる……
お母さんは抱きしめるのをやめ、今度は私の肩を持って向き直ると優しい顔で言った。よかった、怒ってはないみたい。
「くれぐれも迷惑をかけないようにね。困ったら、いつものおまじないを思い出すのよ」
いつものおまじない。それはお母さんが昔から私を泣き止ませるときに使う、不思議な不思議なおまじない。
「『テッラワ アサ ヨトヒルスイア』」
お母さんに続いて私も唱える。もう、昔みたいに転んだだけで泣いたりしないのに、今でもお母さんは時々このおまじないを唱える。子ども扱いがちょっぴりはずかしいけれど、お母さんの声でこれを聞くとどこか温かい気持ちになる。
「……今は何も聞かない。帰ってきてから、お話ししましょう。私のこと、あなたのこと、そして……お父さんのことを」
びっくりしてお母さんの顔を覗き込む。お母さんはどこか険しい、けれどそれでも優しい顔のまま続けて言った。
「ほら、早く行かないと待ってるかもよ。さあ、気を付けていってらっしゃい」
背中を押されて外に出された。結局そのまま、私はお母さんに何も聞くことができず、とぼとぼと宮地くんの家へ歩き出す。
けれど、途中何度も立ち止まっては思い出してしまう。
お父さん、か。私のお父さんは私がまだ赤ちゃんだったころに仕事で遠くの国に行ったきり帰ってこない。そのお父さんの話って、一体何なんだろう。
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