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~出発~
頭がカクっと下がって目が覚めた。頬を叩いて眠気を飛ばす。
「おい、寝てる場合じゃないぞ。寝てる場合じゃ……ふわぁあぁ……いやいや、寝てる場合、じゃぁ……うーん」
そう言いながらこくりこくりと舟をこいでいるを宮地くんの脇を、ちょいっとつついてくすぐった。
「ひゃいっ……な、なんだよ。ね、寝てなんかないからな」
ハッと顔をして右手で口元をぬぐう宮地くん。
「はいはい…… そういえばさ、お迎えってどんな感じで来るの?」
魔法の世界からの向かいだからきっと素敵に違いない。かぼちゃの馬車とかかな。
質問された宮地くんはどう答えればいいのか悩んでいるようで、うーんと唸って腕組した。
「どんな感じと言われても……ああ、こっちの車と違って、動力は馬だな」
馬車! やっぱりカボチャの馬車かな。まるでシンデレラみたいでとってもロマンチック。
私がおとぎ話に思いをはせていると突然おばあちゃんが空を指さして声をあげた。
「坊ちゃん、あれを見て下さいまし!」
そう言われて空を見上げるとそこに見えるは綺麗なまん丸お月様―― だけじゃない。月からこちらに真っすぐ向かってくるそれはとんがり帽子みたいな形で表面は茶色だったり黄土色だったりの皮が層になって包んでいる。どこかみたことあるなぁ、と思ってパッと閃いたのが……
「タケノコ?」
そう、タケノコ。もっと言えば、大きなタケノコを二頭の馬が引っ張っている。
「あ、ちょうど来たな。あれがタケノコの馬車。パラディフィールド家の迎えだ」
うーん、カボチャからタケノコに変わるだけで、こんなにもロマンチックさが損なわれてしまうのか。近くに迫ってくれば来るほど、その不格好さがよくわかる。
タケノコの馬車は駄菓子屋のすぐ隣の道路に降り立つと、一番外側の皮のようなものがぴろりとはがれて、中から女性が二人出てきた。片方は明るい笑顔が印象的な若い女性。もう一人は厳しそうな目つきのおばあさん。二人とも灰色のロングスカートと白いブラウスを身にまとっている。制服みたい。
「リンお坊ちゃま、ただいまお迎えに上がりました。お久しゅうございます」
「坊ちゃま! 久しぶりです、お元気そうで何より!」
老婦人は恭しく頭を下げ、若い女性は右手を挙げて軽く挨拶。宮地くんはそんな二人に「遅い」と一言一喝し、おばあちゃんは両手を広げ歓迎の意を示した。
「ああ、ドロシー! それにあなたはミクリね。よく来てくれました」
二人はパラディフィールド家の使用人だと、宮地くんが教えてくれた。
「オウメ様、覚えていてくれたんですか!」
そういってミクリと呼ばれた若い女性がおばあちゃんに駆け寄ろうとするのを、ドロシーと呼ばれたおばあさんが手で止めた。
「オウメ様。せっかくの機会なのですが今は一刻も早くここを発たなければなりません。リン坊ちゃま、それからそこのあなた。どうかはやく馬車へ。詳しいことは移動中にお話しいたしますので」
「一体何があったのですか?」
おばあちゃんがそう聞くとドロシーさんは「ここでは何も」と一言。その声色で何かを察したのか、おばあちゃんは私と宮地くんの背中を押して馬車へ乗るよう促した。
宮地くんはミクリさんに荷物を預けると、私の分も運ぶように指示した。私は別に貴族様でもなんでもないのだから自分で運んでもいいのだけれど。
せかせかとおばあちゃんに背中を押されながらタケノコの中へ。中は外から見た大きさよりも明らかに広く、というか多分おばあちゃんの駄菓子屋よりも広い。一体どういう構造なんだろう。
「では坊ちゃん、ナホちゃん、どうかお気をつけて。ばあやは二人が元気に帰ってくるのを楽しみに待ってますよ」
ホホホと笑っておばあちゃんはタケノコから降りた。それからドロシーさんが乗り、ミクリさんが外から何やら魔法を唱えてタケノコに蓋をした。外からは見えなかったけれど、どういう原理か内側からは外が見えるようで、そのあとミクリさんがタケノコの前の椅子に腰かけ馬の手綱を握ったのが見えた。私はおばあちゃんに手を振ったけれど、たぶんおばあちゃんには見えていないだろう。
ミクリさんが「ハイヤッ」と声をあげて馬を叩き、馬車を発進させる。馬に引かれ動き出したタケノコはゆっくりと宙に浮き、そしてあっという間に緑ヶ丘の夜空に舞い上がった。
私がタケノコの端っこに立って夜の緑ヶ丘をうっとりしながら眺めていると、「ゴホン」とドロシーさんが咳払いをして話を始めた。
「遅い時間になってしまい申し訳ありません。まずは謝罪と――」
「堅苦しい話はいい。何があった」
宮地くんが語気を強めて聞く。
「では、お言葉に甘えて。端的に言うと、追われているのです」
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