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~月を抜ける~
「追われてるって、誰に?」
宮地くんの問いにドロシーさんは臆することなく答える。
「おそらく『天秤』でしょう。どこかで坊ちゃまがこちらに来ていたことを嗅ぎつけ、証拠をつかもうと追ってきているのかもしれません」
天秤? シーソーみたいな機械だっけ。
ドロシーさんが説明を続ける。
「最近、パラディシア内で不審な人物を見たという報告が度々届いており、今朝出発する際も、馬車に怪しい仕掛けが施されているのが発見され出発が一旦中止となりました。その後、ベル様の指示で出発は夜に変更。結果、このような時間にお迎えとなってしまったのです」
確か宮地くんが魔法界に来ているのは基本的に内緒だったはず。怪しがる人たちがいてもおかしくないってことか。別に悪いことをしているわけじゃないのにな。
宮地くんは何かを思案するように俯いて、はぁ、とため息をついた。
「遅くなった理由はわかった。それで、今は追っ手は確認できてるのか?」
「いえ、特には。しかし用心した方がいいでしょう。いつ何が起きてもいいよう、杖は手元に置いておくようお願いいたします」
そこまで言うとドロシーさんは「では、失礼いたします」と言いながらお辞儀をして奥の部屋へ行ってしまった。ドロシーさん、まるで私のことなんて見えていないようだったな。自己紹介する暇もなかった。
ドロシーさんが消えていったドアを呆然と眺めていると宮地くんが苦笑いで私に言った。
「ああ、気にするな。御三家はいつだってくだらない権力争いばかりやってるんだ。噂の嗅ぎ合いっこなんていつものことだ」
うーん、そっちのことは正直あまりピンと来ないからどうでもいいのだけれど。
「そういえば、『天秤』って?」
危うくそのまま流してしまうところだった。追っ手かもしれないなら、ちゃんと知っておかないと。
「科学界で言えば、警察だな。俺たちの国、コルレガリアでは警察組織が二つある。一つはパラディフィールド家が総括する国の防衛を目的とした楽園隊。もう一つがパラディフィールド家と同じく三大公爵家であるジャッジメント家が総括する『天秤』。こっちは民の平等と裁断を目的とし行動している」
なんだ、警察か。テロリストか何かかと思った。
「警察なら、本当の事情を話したら許してくれるんじゃないの?」
「本当の事情を話せないから問題になってんだろーが」
それもそうか。宮地くんがヤレヤレ、とあきれ顔で首を振る。
その時、突然汽笛がキキーっと鳴って、どこからともなくミクリさんの元気な声が響き渡った。
「はーい、もうすぐ『門』を抜けまーす! 乗客の皆様はみんなしっかりと何かに掴まっててくださーい」
『門』は魔法の世界と私のいた世界を結ぶトンネルだって前に宮地くんが教えてくれた。言われた通り壁の手すりにつかまってみる。宮地くんも私のすぐ隣の手すりを掴んだ。
「ほら、外見てみろよ」
宮地くんがタケノコの外を指さしてにっこりと笑った。そのまま指の先を目で追うとびっくりして、そして言葉を失った。
月がこんなに大きく見えるなんて。手を伸ばせば届きそう。遠くで瞬く他のどんな星よりも眩く、そしてどこか寂し気。下を見れば緑ヶ丘の街並みがあんなに小さく。まるでおもちゃ屋さんに飾られているパノラマみたいだ。もうどこが私の家かわからないな。あ、あそこは学校かも。てことはあの辺が家なのかな。
「どこ見てんだ。ほら、もうすぐだぞ。見るのはあっちだって」
宮地くんに頭を掴まれてまた月の方を向かされた。
タケノコの馬車は相変わらず月の方へまっすぐ突き進んでいる。あれ、このままじゃぶつからない? 不安で胸の奥がざわざわし始めた時、また汽笛がキキーと鳴って、ミクリさんのアナウンスが聞こえた。
「はーい、『門』突入まで、3、2、1――」
ゼロのタイミングで、月がぱっくりと口を開いてタケノコはその中へと突き進んでいった。ん? 月の口って何?
「今のが門。科学界の人間にばれないよう、月の前に偽物の月を映し出して、通る時に消すんだ。……まぁ、俺が知っているのは極秘で作られる門だけで、正規の門はまだ見たことないんだけどな」
偽物の月……そっか、どうりで。月がこんなに近くにあるなんて変だと思ってたんだ。
月の中は真っ暗で何も見えない。10秒もしないうちに光に包まれた出口が見えてきた。
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