魔法少年は帰りたい

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~コルレガリアへようこそ~  誰かに手を握られているような気がして、目を開けた。 「ごきげんよう(ルワーユ)」  にっこり笑顔でその人が私に声かける。  宮地くんと同じ黒い髪で、宮地くんとは違う空色の瞳のお兄さん。ショウもとい、ベルだ。 「ええと……ベル? ここはどこなの?」  どこを見ても一面真っ白。ここにあるのは私と、そして私の手を握るベルだけだ。 「鍾って呼んでよ。そっちの方がいいな」  その呼び名に一体どんな意味があるのかわからないけれど、私もそっちの方が呼びやすい。 「わかった。それでショウ、ここはどこ?」  宙に浮いているような、宙の上に立っているかのような不思議な感覚。 「ここはコルレガリア上空。万一攻撃を受けてもいいように、事前にタケノコに魔法をかけておいたんだ。タケノコが攻撃を受けた時、荷物や乗員が安全な場所に移動するようにね」  安全な場所? ここが? どこが。 「ちなみにリンたちは先に屋敷についているさ。君をここに飛ばすようにしたのは、先に俺からコルレガリアを紹介したかったから」  ショウがそういった瞬間、周りの白がぼんやりと薄れ始めた。 「ようこそ、魔法界屈指の大国、コルレガリアへ。そろそろ目が慣れてきただろう。ごらん、これが君らの夢見る、魔法の国(コルレガリア)だ」  残っていた白いのが一気に晴れて、そのすべてが色鮮やかに目に映る。空に浮かぶ無数の星に、遠くで淡く輝く白い月。反対側に見えるは輪郭だけ光って見える黒い……あれも月だろうか。下を見れば十字型の巨大な浮島。空の星明りに負けない夜の街。街を照らすは無数の浮かぶランタン。そのうちの一つがふわりと私のところまで流れてきた。ショウがそれをヒョイっとつまみ上げて私に手渡してくれた。 「魔法界には昼はないんだ。ずっと夜。だから一日中、いや一年中このランタンがコルレガリアを照らし続ける」  丸いランタンはしばらくの間温かかったけれど、やがて熱を失い同時に光らなくなった。手を放して、とショウが囁いたので、私はそっとそれを空に戻した。再び自由になったランタンはそのまま上へと飛んでいく。やがて星に紛れてどこに行ったのかわからなくなってしまった。 「寿命が尽きたランタンはああやって、空へと飛んで、星の一部になる。だからコルレガリアでは死んでしまった人の心も、同じように空に帰って星になると信じられているんだよ」  ショウがどこか寂しそうにその空を見上げている。緑ヶ丘よりも明らかに多いあの星々には、一体いくつの心があるのだろう。少しだけ怖くなって、私は空を見るのをやめた。その様子を見られていたのか、ショウはクスッと笑って私の手を引いた。 「ほら、少しずつ降りて行こう。大丈夫、この前一緒に歩いたように、ゆっくり歩いていけばいいからね」  そう言って私の手を引いたままショウが空の上を歩き出すので、私も置いていかれないように手をギュッと握って歩き出した。空を飛ぶのではなく、歩く。これもきっと魔法なんだろう。  ショウは私の方ではなく、徐々に近づいている十字の浮島を真っ直ぐに見つめて言った。 「魔法界には君たちが住んでいるような大地なんてなく、いたるところに空中に浮かぶ島が存在する。コルレガリアはそのうちの一つ、あの巨大な十字の浮島に形成された国だ。十字の中央が首都ルワーユ。王様が住むところだ。この国の挨拶にもなっているね。君も人と会ったらまずこんにちは(ルワーユ)と話しかけるといい」  今日ショウが最初に私にそう声をかけたことを思い出した。『ハロー』と同じ意味なのかな。 「北にあるのが産業都市アルテシア。コルレガリアの店に並ぶ商品の半分はあそこで作られているといっても過言じゃない。西に見えるは学問都市アカデミア。コルレガリアの学生はみんな一度はあそこの学会に入学することを夢見るだろう。南の町は恒久都市イノセンシア。清く正しいことが是とされる、平和を願う場所さ」  次々に語られることに目が点々としてしまう。知らない国の知らない町。知らない人たちの知らない暮らし。来る前よりももっと、わくわくが止まらない。 「そして東――」  突然、ショウが強く私の手を引っ張った。途端に地面に近くなる。 「ここがパラディフィールド家が治める防衛都市パラディシア。あらためまして、コルレガリアへようこそ!」  降り立った場所はにぎわった大通りのど真ん中。ランタンがいたるところに浮かんでいて、夜だというのにとても明るい。 「この時間帯は少し人が少ないね。基本的にみんな寝る時間だから仕方ないけども」  ショウが申し訳なさそうにそう言ったけれど、そんなこと到底信じられなかった。緑ヶ丘のさびれた商店街とは大違いで、たくさんの店が元気にお客さんを呼んでいた。浮かぶ綿菓子、地を泳ぐ魚。花火のような鮮やかな火で調理している屋台の数々。これで人が少ないなんて。どこを見ても楽しそうだ。 「やぁ、ベル様! 小さな女の子を連れてお散歩かい? ちょうどいい、うちのかば焼きを買ってっておくれよ」 「まぁベル様! こんな時間にお出かけなんて珍しい。そうだ、うちのお召し物を見て行っておくれ。きっと気に入るものがあるからさ」  街の人たちがショウに気付くや否や一斉に声をかけ始めた。ショウはそれらすべてをにっこりと笑って上手くかわすと私を連れてふわりと宙に浮かび、真っ直ぐに街を突っ切った。宮地くんの星のスティックよりもずっと速い。 「……本当はもっと街を紹介したいんだけど、日ももう遅い。あまりゆっくりとしているとリンに怒られてしまうだろうしね。さ、ここが俺たちの城、パラディフィールド家の屋敷だ」  再び地に足についたのは紹介された通り大きなお屋敷の目の前。絵里ちゃんのおうちとどっちが大きいだろう。後ろを振り返ってももうさっきの町は広い庭のせいで全く見えない。ただ一つ、さっきと同じなのは、たくさん浮かぶランタンの群れだけ。明るいは明るいのだけれど、なぜだかとても寂しげな感じがした。
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