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掵代世加が住んでいる部屋、507号室は事故物件ではない。彼女の前に住んでいた住人は大学生で、四年間快適にその部屋で生活し、二度目の契約更新はせずに新たな土地へと引っ越した。
さらにその前には若い夫婦が住んでいたが、六年ほど生活したのち自分たちの家を建てて引っ越して行った。
507号室以外はどうなのかと言えば、これまた特に問題はない。誰かが自殺したとか殺されたなんてことは一度もないし、みんな快適に過ごしていた。
駅から徒歩十五分。一番近いコンビニまでは徒歩五分。五階建てのオートロックマンション『クエラ』。その最上階にある507号室。ここには現在、四体の霊が住み着いている。
『あれー、みんなもう反省会っスか?』
507号室の床からひょっこりと顔を出したのは、二十代くらいの若い男だった。
『あら、片手くん。こんばんは』
『もうって、今は深夜の二時ですよ』
真逆がテレビ台の横に置いてあるデジタル時計を指さす。時刻は午前二時十分。
『うわ、まじか。のんびり外にいたから、まだ十二時だと思ってた』
片手くんと呼ばれた男は、すっと床から出て来たが、呼び名の通り左腕が丸々なく、またお腹のあたりに大きくえぐれたような傷がある。
『どうせ陥没くんと遊んでたんでしょ』
『まあ、そんな感じっス。で、みなさん、今日はどうだったんスか?』
片手が気楽に問いかけると、みんな項垂れて黙りこんでしまった。その様子から今日も空振りだったことがよくわかる。
『おいおい。今日もかよ。ほんっと、世加様って霊力ねーのな』
『誰の存在にも気づかないですから。あの方は』
真逆の言う通り、この部屋の家主である掵代世加は霊感がない。四体の幽霊が同じ空間にいるにも関わらず、その存在に気づいたことは一度もない。存在どころか気配を感じたことすらない。
どれだけ近くで声をかけても、目の前に姿を現しても気づかれない。おかげで霊たちはこうして毎日のように反省会を行わなければならない。
『あ、ねえ、いいこと思いついた』
『何かしら?』
『膝下が言ういいことって、嫌な予感しかしないんっスけど』
片手が怪訝そうに眉を顰めると、膝下は骨が見えている左足をブラブラ揺らしながらニヤリと笑う。
『片手。あんたが夢に出たらいいんじゃない?』
『……は?』
『だから、世加様の夢に出るのよ!』
『やだよ。んなの面倒すぎて無理』
『でも夢の中なら見えるとか見えないとか関係ないし!』
『あのねえ、夢に出るのって結構疲れるんスよ! その辺わかってんスか!?』
『わかってるよ。でも毎日じゃなきゃ大丈夫でしょ?』
膝下の意見にはあとの二体も賛成だった。世加がこの家に引っ越してきてすでに一か月が経っている。だが未だに気配すら感じてもらえない。このままではいつまで経っても気づかれないままだ。
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