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『でも夢に出るってことはレム睡眠中を狙わなきゃっスよね。いつかわかんねーじゃん』
面倒ごとはごめんだと言わんばかりに、片手は両肩をすくめる。
『あのねえ、レム睡眠っていうのは急速眼球運動睡眠のこと。つまり瞼を閉じたまま目が動いてるときを狙えばいいのよ』
『首無しさんの言う通りです』
家にいることには気づかれなくても、まずは自分たちの存在をアピールすることが重要である。それはここにいる四体が一番よくわかっている。ならば、やれることはやるしかない。
『そりゃそうかもしんないけどさ……』
『もし消耗が激しいようなら、あたしたちが力を合わせて引っ張り出すから』
『三体いればどうにかなるでしょう』
『年上の意見は聞くものですよ』
『そうそう。膝下さんの言うことは聞くべきよ』
『自分でさん付けするなよ』
それから十分ほど三体に説得され、片手はしぶしぶというか、半ばヤケになって夢に出る決意をした。
『あー、もう! わかったっスよ! 出ればいいんでしょ! 出れば!』
リビングの出入り口から、向かって左側に寝室がある。世加がぐっすりと眠る場所だ。ドアを開けることなく四体の霊は壁をすり抜けて室内に入る。
真っ暗な空間にうっすらと白いベッドが浮き上がって見え、その上に仰向けの世加が規則正しい寝息をたてて眠っている。
寝室にはベッドの他にクローゼットや下着が入っている引き出し、勉強机、姿見などが置かれているが、物を通り抜ける霊にとってはあってもなくても同じだ。
霊たちはベッドの周りに集まり、世加の様子を伺う。
『よく寝てるわね』
首無しが世加の髪を優しく撫でる。艶やかな黒い髪の毛は室内の闇に溶け込んでいる。
『あんまり触ると起きない?』
膝下が心配そうに首無しを見る。
『それで起きたら苦労しないわ』
『それもそっか。ちょうど目が動いてるね。片手くん、行くなら今じゃない?』
片手は世加のベッドの枕側の壁から生えるようにして彼女の顔を覗き込み、彼女の頭を右手で掴んだ。
『無事に帰ってくるように祈っといてくださいよ〜』
三体の霊はわざとらしく胸に手を当て、にっこりと笑う。笑った顔がわかるのは膝下だけだが、首なしも真逆も心の中では笑っていた。
『あんたが帰って来なかったら、あたし二度と人の夢には出ないわ』
『おー、ガキは正直で怖えな』
『安心して。何とかするから』
片手は首無しの言葉に黙って頷くと、ゆっくりと自分の首を下げて、世加の額に自分の額をくっつけた。その瞬間、彼はろうそくで固められたかのように動かなくなった。
『入りましたね』
『うまくいくかしら』
『そこは片手くん次第ね』
三体の霊はしばらくの間、片手と世加の様子を見守っていた。しかし十五分ほどして、真逆があることに気がついた。
『ねえ、見てください。片手くんが夢に入ってから、世加様なんだか楽しそうじゃないですか?』
寝相の良い世はさきほどと変わらず仰向けでのまま眠っているが、頬が緩み口角がほんの少し上がっている。何か嬉しいことがあって笑いを堪えきれなくなっている時の顔だ。
『片腕がなくてお腹に致命傷を負った男が夢に出て来てるのに?』
『え、怖』
『一体、どんな夢を見てるのかしら……』
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