5人が本棚に入れています
本棚に追加
三体は眠っている世加に怯えながらも、片手が出てくるのを待っていた。
『ねえ、片手くんの体、少し透け感が増したような気がするんだけど』
さらに五分ほど経ったころ、膝下が片手の体をじっと見ながら言った。言われてみれば壁から生えている彼の体がさっきよりも透き通って見える。霊なので元々半透明ではあるが、今はそれよりもさらに透けている。
『まずいわ。そろそろ引き上げないと』
首無しがそう言うと三人は一斉に片手の後頭部を掴み、せーので彼の顔を無理やり上げた。霊とは思えない力技だが、これが一番有効的なのもたしかだ。
『ぶはっ!』
片手は顔を上げた瞬間、すべての力が抜けてしまったかのようにだらんと床に転がった。
『し、死ぬかと思った……』
ベッドの脇に仰向けになった彼の顔はひどく怯えていた。まるで悪霊でも見てしまったかのように。
『何それ、死人ジョーク?』
『大丈夫ですか?』
『夢の中で何かあったの?』
『いや、たしかに死んでるけど、そうじゃなくて……』
三体の霊は倒れている片手を囲い、彼の体の透け具合が戻っていくのを確認する。ゆっくりとではあるが、頭から肩、腹、足の順番で元に戻っていく。
『あなたが夢の中に入ってから、世加様すごく楽しそうだったけど何かしたの?』
『世加様が楽しそうにすればするほど、あなたの体が薄くなっていったんです』
それを聞いた片手はさらに眉を顰め、寝室の隅にうずくまり、右手で頭を抱えた。
『で、何があったの?』
言いづらそうに視線を背けたまま、片手は夢の中で起きた出来事を話し始めた。
『……追いかけられたっス』
『は? 誰に?』
『だから、世加様に追いかけられたんスよ!』
『あら、どうして?』
『え、どんな夢よ、それ』
『あんた、夢の中で何したの?』
『まさか世加様を怒らせたんじゃ……』
『何もしてねえよ! 夢の中に入った瞬間、もともと夢の中にいた男と入れ替わって。そしたら目の前にいた世加様に急に告白されて、断ったら追いかけ回されたんスよ』
『元いた男って誰ですか?』
『あの子じゃないかしら。世加様が片想いしてる同じ大学で同じサークルの男の子』
『火上つららくんだっけ?』
『あー、あの暑いんだか寒いんだかわかんない名前の人ね』
世加は同じ大学の同じ学科の火上つららに恋をしている。端正な顔立ちにすらりと高い背、笑った顔が可愛いらしいと女子から人気の男で、世加もその魅力に引き込まれた一人だ。いつか必ず彼に告白するのだと、幽霊以外に誰もいない部屋で、宣言していたのを思い出す。
『夢の中で告白してたんだ』
『でも、これで世加様に片手くんのことを認識してもらえんじゃないでしょうか』
『いや、それはわかんねえっス。世加様は俺のことをつららくんだと思ってたみたいだし……』
三体の霊は再び項垂れた。またもや作戦は失敗に終わってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!