狐火

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 窓も調度品もない真っ白な部屋。  その中央には、ロッキングチェアが一つ。ひじ掛けにもたれかかるように座る女性が一人――艶のある長い白銀の髪は綺麗に手入れされており、美白の肌には丁寧に化粧が施されている。瞼は閉じられ、口元は赤い紅。そして、その表情はなにかに酔いしれ、今にも鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気を醸し出している。身には着崩した和製の着物を召しており、その裾からは長い足が伸びて組まれていた。  しかし、まったくもって微動だにしない彼女。せっかくのロッキングチェアもピクリとも動かない。しかも彼女はそのような体勢のまま、この部屋でもう何時間も過ごしている。まるで箱の中に片付けられた人形のみたいに、はたまた誰かが相手をしてくれることを待っているかのようにも見える――と突然、箱のような白い部屋に、青い閃光が壁いっぱいに無数走り始めた。その刹那、すぐさま落ち着きを取り戻した部屋の中で、彼女の額にある赤い紋章に光が灯り、瞼がゆっくりと開けられた。切れ長の目の輪郭の中で、猫目石のような瞳が自分の居場所を確認するかごとく、おもむろに動く。そのあと、もたれかかっていたひじ掛けからゆっくりと体を起こし、自分の手指を眺めて親指から順に握り始めた。  異常なし――そう言わんばかりに口元を緩めた彼女が腰を上げると、ロッキングチェアが静かに揺れ動いたのだった。  白い壁の前に立つ彼女の口が小さく動く。すると、目の前の壁に扉が現れ、手を触れてもいないのに開く。躊躇いを見せずに、彼女はそれが当たり前のように部屋をあとにした。殺風景とした通路を進む立ち振る舞いは、歩き慣れているのだろうか、我が物顔で歩む入り組んだ通路は閑散としていて人がいる気配を感じさせないのに、至極自然と足を進めている。  しばらくすると彼女は足を止め、白い壁に向きを変え、着崩した着物の襟を少し上げると、赤い紅が塗られた口先が開らかれる。するとそこにも扉が姿を現し、静かに開く。その先には暖色の光が注がれている部屋があった。  彼女はおもむろに足を踏み入れ、周囲にある調度品を見渡し、いつもと変わらないといった安堵からなのか、口元が微かに緩みをみせた。そして、日差しを受けるカーテンへ赴き、それに手をかけた。  ガラスが埋め込まれていない窓――見下ろすそこには、あったであろう街の姿がなくなっていた。崩壊したビルの数々。なにかが焼けて崩れてしまった残骸。錆びた鉄骨がむき出しになっている。そこは見渡す限り、壊れた世界が広がっていた。  風が吹き抜けると彼女の白銀の長い髪が靡く。  本日も問題なし――そう言わんばかりに彼女は笑みを崩さない。  彼女はゆっくりと振り返り、言葉を発する。 「主様。朝です。起きてください」  と、脚が壊れたベッドに向かって。 「あと、バッテリーの消耗が見られます。交換をするか、次の指示をお願いします。このままだと五十四時間以内に起動が不可能になってしまいます」  埃をかぶった部屋でそう言った彼女は、壊れたベッドの横に立ち尽くして今日も一日を過ごすのだった。
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