破滅

1/2
前へ
/2ページ
次へ

破滅

 何もない平穏、あるいは永遠の安寧。少年が夢見た世界は贅沢じゃない。今や世界は閉塞的になり、人と人とが関わり合う事さえ叶わなくなっていた。夏芽翔太は18歳の誕生日を迎えた。とは言え人類の殆どが滅んでしまったこの世界で、暦は意味を成していなかったが。    3ヶ月前、まだ世界はいつもと変わらない日常を歓迎していた。無論それはこの小さな島国も同じ事で、茹だるような夏の朝でさえ、いつも通りにスーツや制服に身を包んだ人々が苦悩な吐息をもらしながら通勤電車に詰め込まれていた。都心部のビルに設置された大きなモニターは威勢の良いコマーシャルを流す。これこそが間違いなく平和だったのだ。代わり映えの無い日々を一瞬で地獄に変えたあの事件が起こるまでは。  「翔太!遅刻するわよ!」 2階に向けて声を張るのは母親の美香子だ。両親は共働き、加えて一人っ子の翔太は、1人でいる時間が長いせいか年齢の割にマイペースだ。  「おお…今起きる」 力ない声はもちろん母まで届く事はない。  「お母さんもう出ちゃうからね!ご飯食べたらちゃんと学校行きなさいよ」毎日同じ事を階段下から叫ばされる美香子は呆れた様に肩をすくめ玄関に向かう。「行ってくるわね」そう言って姿見の前で髪を整え、外へ飛び出して行った。 __今日はサボろう。ぼんやりとする頭で枕元にある筈のスマートフォンを探す。手探りでなぎ倒した目覚まし時計が額を直撃する。  「痛ぇ…!」いやいやに身体を起こすと窓の外を眺めた。「ヨシ、今日はマジで家に居よう。外は危険だ」熱されて蜃気楼さえ確認できる道路を見て翔太は再び眠る事を決意した。  再び目を覚ましたのは正午過ぎだった。空腹に耐えかねようやくベッドから立ち上がる。一階へ向かう十三段の階段は、まだ築十年程度だと言うのに足取りに合わせてキシキシと音を立てた。朝食だったものを冷蔵庫から取り出しソファに座る。適当に流すテレビの放送を眺めながら冷たいオムレツを口に運ぶ。  「それではお店に入ってみましょう!」テレビからご機嫌な声が響く。「うーん、美味しいです!トロットロでアツアツのオムレツですね!」奇しくも同じものを食べている翔太は映像と現実の口当たりの不一致に一瞬顔をしかめた。  「(あった)めれば良かったな」そう言って最後の一口を押し込む。 スマートフォンを確認していると何件もの着信が入っていた。高校と母親からだ。  「サボったのバレてんな…」夕食時の言い訳に頭を悩ませたその時だった。 ズンと力強い重力を身体全身に受けた。この家を震源に大地震が来たのか、そうでなければ隕石が落ちたのか一瞬にして非現実な思考を巡らせる。外では何度も爆発音がする。それに掻き消されるように人々の逃げ惑う悲鳴が交差していた。  「なんだ!?」 翔太は急いでベランダへと駆け上がる。先の大地震のせいで壁に亀裂が入っていた。窓は辛うじて正常に開いた。  「何が起きたんだ…?」 目の前に広がった景色はまるで地獄の様だった。さっきまで散歩をしていた老人も、スーツを着たおじさんも、母親に手を引かれ歩いていた幼児も、皆ことごとく瓦礫の下敷きとなっていた。開いた窓から煙が入り込み咳き込む。建物が崩れ舞った粉塵、火災となり燃えた黒煙、耐えきれず窓を閉める。  「ニュースだ…」 そう言ってもう一度ダイニングへと急ぐ。しかし期待とは裏腹に番組はどれも砂嵐を映し出していた。 __これが世界の終わりの始まりだった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加