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5 とある番の話 ※R-18 無理矢理、男女の行為描写が少しだけ
これはとある番の話。
あるところにひと組の花婿と花嫁がいた。ふたりは所謂政略結婚で、一度の顔合わせもなく式を挙げるところだった。
花嫁は性格もよく見た目も美しかったので、花嫁に好意を寄せる人間は沢山いた。その中から結婚相手を選ぶ事も娘に甘い父親に許されていたが、結局花嫁は政略結婚を選び、決められた相手と婚姻を結ぶ事にした。
花嫁は周りが思っている以上にきちんと自分の立場を分かっていたし、それほど心惹かれる相手とも出会っていなかったのだ。
そして臨んだ結婚式当日、それは花嫁が控室でひとり式の時間を待っている時に起こった。たった一瞬の隙間、光に満ちていた花嫁の人生が黒く汚されてしまった。
花嫁を好きだった者たちの殆どは良識の範囲内での好意を示す程度であったが、ひとりだけストーカーのようにしつこくしていた人物がいた。花嫁側もそれは認識しており、警戒もしていた。
なのに式の直前、どうやって警備の目をかいくぐったのか、その人物は花嫁の控室に入り込み暴挙に及んだのだ。
大きな音と泣きさけぶ花嫁の声。異変に気付いた花婿たちが駆け付けた時には既に事は済んでおり、引き裂かれた真っ白なドレスは色々な物で汚されていた。
そして、今まさにほっそりと頼りなく垂れる項に男が牙を立てようとしているところだった。
花婿はすんでのところで男を花嫁から剥がし、番になる事だけは防いだ。
――と、普通はこんな事になってしまえばいくら不可抗力で、被害者だったとしても破談必至だ。だけど運がいいのか悪いのか花嫁と花婿は『運命の番』というヤツだった。花婿はその場で必死に花嫁から異物を掻きだし、自分の物で上書きするように狂ったように花嫁を抱いた。そして何時間にも及ぶ行為の末、項を噛んで番関係が成立した――。
花嫁は花婿との行為の途中で意識を失っており、意識を取り戻したのはそれから三日後の事だった。
目覚めた花嫁にはあの日の記憶はなく、ただ運命の相手と番になれた幸せだけが彼女の中に残った。
花婿は花嫁が目覚めてほっとしたが、内にあるどす黒い感情は消える事はなかった。そしてしばらくすると花嫁が妊娠している事が分かった。
花嫁のお腹の中の子どもはどちらが父親か分からないが、花嫁の事を考えれば〇ろす事もできなかったし(理由の説明が必要となる為)、同じ理由でDNA鑑定をする事も躊躇われた。何しろあの日の記憶がないのだから下手に刺激したくはなかったのだ。
高確率で自分の子どもだと思うのに、確信が持てず花婿は苦しんだ。
DNA鑑定をしてどちらが父親であるのかをはっきりさせてしまう事が怖かったのだ。
もしも父親が自分ではないとはっきりした場合正気でいられる自信がないし、それくらいならいっそ知らない方がいいとDNA鑑定はしないと決めた。
愛する人の子どもを愛そう――。
そうして子どもは生まれたが、花嫁と花婿はその子をその腕に抱く事はなかった――。
花婿以上に割り切れない想いを抱え、どうしてもストーカー男に対する憎しみを抑えられなかった人物がいた。それは花嫁の父親だった。
ストーカー男は捕まり罰せられたが、同時に法によって守られ自分の手では何もできなかった、それが父親には我慢がならなかった。
考えた末父親は、医者を巻き込み子どもを生まれてすぐに『死産』とし、屋敷の奥へと隠してしまった。
憎しみに支配され、花婿が父親である可能性は少しも思い至らなかった。
そんな父親の、その子にとっては実の祖父の行き過ぎた想いにより、何も知らされる事なく生まれた赤子は小さな箱の中でひとり寂しく過ごす事になった。
*****
成長したその子の姿は花婿と花嫁――――つまりは父親と母親に色合いというただ一点を除いてよく似ていた。
あと少しだけ祖父が冷静でいられたなら、あと少しだけ最初のメイドの誰かが業務に忠実でなかったなら、そもそもストーカー男の愚行を未然に防げていたなら幼い子どもから親を奪い、子どもを愛する親から奪う事にはならなかっただろう――。
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