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6 揺れる心・・・
「あの……美幸の様子が少しおかしいんです」
「――それで?」
俺はいつものように美幸の母親から経済学について教えてもらいながら、思い切って言ってみた。
だけど美幸の母親は、片方の眉を少し上げただけでそれ以上興味はないと資料に視線を落とした。
「あなたは……母親なのに美幸の事心配じゃないんですか?」
冷たく見えても心は温かい人だと思っていた。
常じゃなくてもいい、明らかにおかしい様子の美幸の事を気遣って欲しかった。
「――私は美幸の母親です。母親だという事は父親がいるはずですね?」
「――え? は、はい」
そういえば美幸の父親の話は聞いた事がなかった。一度も姿を見ないし話にも出て来ないから勝手に亡くなったものだと思っていたけど――。
「美幸の父親は私を犯し、そして逃げました」
――え? それって……。
忘れていたはずのあの夜の事を思い出し、首の後ろがぞわぞわとして気持ちが悪い。
「――そういう事よ。自分の子どもだからといって美幸の父親を憎んでいるのに、私が美幸の事を愛してやらなければならない理由なんてないでしょう?」
美幸の母親はそれだけ言うとそのまま部屋を出て行った。
*****
美幸の母親は父親の事を憎いのだろう。その気持ちは分からないでもない。俺だって――。
だけど美幸にとって、あの人が母親なのだ。それに美幸には何の罪もないじゃないか。
そう思いながらももしもあの時あの中の誰かの子を宿していたとしたら、俺はその子を憎まないでいられただろうか……?
胃のムカつきと口の中に広がる酸っぱさに眉間に皺を寄せた。
愛されて育ったと思っていた美幸は、実は愛されてこなかった。美幸は俺と同じだったんだ。なのに俺の事を愛してくれた。その愛が子どものそれだとしても、この世で初めて俺の事を求め愛してくれたんだ。
両親からも誰からも愛されなかった俺なんかがちゃんと愛せるか分からなかった。だけど、美幸も同じなら下手くそな愛でも……許してくれる――?
――大人の美幸の事は今でも少し怖い。
俺と美幸が番になったという事はあの夜俺は美幸とそういう事になって項を噛まれたという事なのだ。
問題は俺は美幸とのアレコレを覚えていないという事だ。
決してひどい事をされていないと思うけど、絶対ではない。
美幸だってアイツらと同じαだ。αの全てに加虐性があるとは思っていない。だけど力やその存在の差は嫌っていう程思い知らされた。だから今みたいに子どもの美幸だからこそ俺とのバランスが危ういながらもとれていたのだ。
そう思うと大人の、本来の美幸に戻った時俺は美幸に何を思うのだろう……。
あの夜の男たちの顔が写真の中の冷たい目をした美幸になって俺を襲う――。
身体がガタガタと震えだし、不信感という名の種が俺の中で小さく芽吹いた。
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