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② @一宮 美香
私がその日の仕事を全て終え、自室に戻る頃には時計の針は朝の2時を指していた。
昼間美幸のパートナーとあんな話をしたせいで、眠いはずなのに眠れそうになかった。
少しだけ、と最近は止めていたウイスキーをグラスに注ぐ。
あれからもう何年も経つのに未だ私の心は氷のように冷たいままだ。
あなたも私と同じ立場だったらどうしてたかしら?
そんな事考えてみても何の意味もないわね、と小さく息を吐く。
最近の美幸を見ていると、私がしてきた事は間違っていたのかもしれないと柄にもなく弱気になってしまった。
だが、すぐに思い直す。
「弱気? この女帝である私が?」
とおかしそうに笑い、ウイスキーをごくりと飲み下した。
たとえそうだったとしても過ぎてしまった過去は取り戻す事なんてできないのよ。
美幸のパートナーに首輪を贈った。私と似たデザインの『女帝』の印。
そう、あれは普通の事、番のいないΩには必要な物。
この首輪に守られて私はここまできた。
ねぇ美幸、あなたはどうするの? あなたの父親と同じ事をするの?
あの子をあんな首輪にいつまで守らせる気?
『愛』はね、相手の事をどんなに想っていてもすれ違ってしまったら二度と――。
「はぁ……」
遠い過去と未だ胸の中に残る想いが痛くて……痛くて堪らなかった。
お父様が亡くなる少し前、教えてくれた話はにわかには信じ難いものだった。
あの時彼は逃げたのではなく、筋を通そうとしただけだったのだ。
すぐに番うつもりでお父様のところに許しを貰いに行ったのだ。
彼は弱くはなかった。私に助けを求めず、ひとりで大胆な行動に出るくらい強かった。
だけど結局彼はお父様によって追放されてしまった……。
簡単には戻る事ができないような遠い地に送られ、私が別に番を作るまではと幽閉されていたんだそうだ。結局私は番を作らなかったからお父様は五年後には彼を解放したそうだけど――。
私はその事実を知らずに裏切られたと思い込んで恨んでいた。あの人との子どもである美幸の事もうまく愛す事ができなかった。
その事を知ったのがもう十年も前の事で、解放された彼が私の元へ戻る事はなく、私も探す事をしなかった。
彼の方こそ私の事を恨んでいるのではないかと怖かったのだ。私と父…‥私たち親子はひとりの青年の人生を台無しにしてしまった――。
真実を知り美幸の事も何もかもが分からなくなって、でも今更態度を変えるなんて事はできなかった。そうしないと私は何もできない弱いただのΩになってしまうと思ったからだ。
私は美幸の母親で、財界の『女帝』なのだ。これからもこの首輪と、首輪に填まる真っ赤なルビーともに生きていく。今度こそ大切な人を自分の手で守る為に――。
それが愛する人を最後まで信じられなかった私への罰――。
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