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③ @一宮 美幸
あの夜は、行きつけのバーで酒を飲んでいた。
この店は隠れて飲むのには丁度いいのだが、よくない噂もあり俺のような立場の人間は本来なら近寄るべきではない。だが、ここでの事は滅多な事では外部へ漏れる心配がない、ここはそんな危険で安全な場所で、俺は自分に関心を示さない母親に反抗するように、時々ここで酒を飲み憂さ晴らしをしていた。
まぁそうは言っても楽しいと思える場所ではない。
チラリと向けた視線の先では人目も憚らずΩと愉しむαの姿があった。
ヤルなとは言わないが、人目につかない場所へ移動してからでもいいのではないかと思う。この店には所謂『ヤリ部屋』という部屋がいくつも存在するのだ。
『見せたがりの変態野郎が』と心の中で悪態を吐くと、小さく溜め息を吐き席を立った。
帰ろうと『ヤリ部屋』の前を足早に通り過ぎようとして、いくつかあるうちのひとつから悲鳴のような声が聞こえてきた。
合意であれば勝手にヤってろと思うが、ここでは合意の上での行為ばかりではないという事は知っていた。この店のよくない噂のひとつだ。
悲鳴が上がるという事はそういう事なのだろう。中で何が行われているのか容易に想像がつく。本来なら助けに入るなり通報するなりするべきだろう。だがそれでは俺がここにいた事も知られてしまう。ただバーで酒を飲んでいただけだが、さっきも言ったが場所が悪い。警察に介入されれば俺がここにいた事がどこからか漏れ、ゴシップ誌におもしろおかしく書き立てられてしまうだろう。一宮家の主家の跡取り息子としては許されない事だ。
だとしたら答えはひとつ、何が起こっていたとしても自分には関係のない事だと立ち去ればいい。
「チッ」っと舌打ちをひとつ、その場から立ち去ろうとした、が――
「やっ。項は噛まないでっ――愛……されたい……んだっ――嫌ぁっ!!」
という声が聞こえ、足を止める。
『番』、αやΩにとって特別な意味を持つ繋がりだ。Ωであれば尚の事、一度番関係を結んでしまえば自分から解消もできないし、愛する人が他にいても新たに番う事なんてできやしない。
こんな犯罪紛いのどさくさで番になってしまえば、Ωの不幸は目に見えていた。
蹂躙された挙句番という鎖で繋がれ、愛される事もなく捨てられる。もっと悪いケースも考えられるが、どちらにしてもΩにとって最悪な事に違いなかった。
それでも俺は自分可愛さに見て見ぬフリをしようとした。
だがΩだろう人物の、愛が欲しいという心からの叫び声を聞いて気が変わった。
俺ができなかった事なのだ。俺はαなのに、Ωにもできる事をできなかった。やってこなかった。
「愛されたい」「愛して欲しい」母に言えなかった言葉――。
半ば無意識にドアを開けようとして鍵がかかっているのか開かない事に苛立ち、後先の事なんて考えずドアを蹴破った。
そして広がる光景の――あまりの惨さに息を飲んだ。複数の男たちが今にも折れてしまいそうに儚い――まだ若い少年を押さえつけ、殴られたのか少年の真っ白な肌には青黒い花がいくつも咲いており、男たちの白濁で汚されていた。
そして今まさに硬く閉じた蕾に男のモノがあてがわれているところだった。
突然の乱入に驚き固まっている男たちを俺は無言でΩから引き離し、ひとり、またひとりと投げ捨てた。男たちは強く壁に打ち付けられ気を失ったようだ、起き上がってくる気配はない。
俺は小さく息を吐きΩを見た。ヒートを起こしてしまっているのか荒い息をさせ、朦朧としながらも「愛して……」「番、愛し、たい……」と繰り返していた。
俺はジャケットを脱ぎΩの身体を包み込むと抱きしめた。色々な匂いが混ざって気持ち悪いはずなのに俺には少年の甘く涼やかな香りしかしなかった。
安心させるように抱きしめ、濃くなる香りに「ぐっ」っと唸るが、ハニトラ対策として常に服用していた抑制剤のお陰でヒートの熱に飲み込まれてしまう事はなく――――。
俺は自分の意思で少年のまっさらな項に牙を立てた。
こうする事は何の意味もない。発情期であっても俺は少年に自らの精を与えてはいないし、幸いな事に色々と酷い目に合ってはいるがどうやらこの男たちも中への進入は果たせていなかったようだった。
ただ項を噛むだけでは番関係は成立しない、それでも俺はこの少年の項を噛まずにはいられなかった――。
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