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9 嘘
俺には何が本当で何が嘘なのか分からなくなっていた。
美幸の傍は居心地が良くて、気が付けば好きになっていた。
コロコロと変わる表情が愛おしいと思えた。大きな身体で小さな子どものように甘える姿が可愛いと思っていた。
だけど、全部嘘だったとしたら?
番関係はヒート中のΩの最奥にαが精を放ち項を噛む事で成立する。
噛み跡はあったものの番っていないという事は――俺たちは嘘の番で何の繋がりもない、俺がここにいる意味もないという事だ。
突然の幼児退行だって疑わしい、嘘だとしたら――何の為に?
俺が惨めに見えた? 子どもになったフリで弱さを見せて本当は俺の事嘲笑ってた?
「は」
俺の口から乾いた笑いが漏れた。
俺をあそこから連れ出したメイドも俺をあの部屋に連れて行った男も、部屋の中にいた男だって最初はいい人だって思った。でも全部嘘で、騙されていたんだ。
殴られて蹴られて嬲られて、あの時の痛みは今も忘れていない。
だけど、あの時よりも数倍強く胸が痛むのはどうして?
俺の中で「美幸はそんなやつじゃない」という想いもまだある。
だけど、嘘が多すぎて信じる事ができないのだ。
それでも他の何を信じられなくても、ひとつだけ真実であったなら俺は全てを許せるのに――。
俺は誰もいない部屋でひとり呟いた。
「ねぇ美幸、美幸がくれる『愛』は本物? それとも――」
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