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10 信じられない ①
俺はどういう事なのかと美幸を問い詰める事はできなかった。
子どものように甘えたり悪戯をしたり、笑ったり泣いたり怒ったり――どんな美幸も愛おしくて堪らない。騙されていたとしても美幸の傍にいたい――――。
結局はそう結論付け、番になっていない事に気づかないフリで表面上はいつも通りに過ごしていた。
だけどそれが思いのほか息が詰まって、ちょっとだけ外の空気を吸おうと外に出たのが間違いだった。
「みーつけた」
そんな声と同時に肩を掴まれ、ぞわぞわと怖気が走った。
まさかと思いながら振り向き、身体が硬直して動かなくなる。俺の肩を掴んでいたのは、あの時の多分リーダー格だろう身なりのいい男だったのだ。逃げないといけないのに、蛇に睨まれた蛙のように動く事ができない、たらたらと汗だけが流れ落ちていく。
俺のそんな様子に満足したのか、にたりと男の目が不気味に歪む。
「俺とアイツ、一宮は実は同級生なんだよね。まぁアイツの方は俺なんか気にも留めてなかったけど――――。学生時代も色々あったなぁー。俺の親がお遣い頼むみたいにアイツに勝ってこいって煩くてさー本当まいっちゃうよねぇ。俺はαだけどよくて中の上で、アイツは最上級のαだっつーの。家だって財界トップの一宮家にどうやって勝てって言うんだよ、ナァ? どんなに頑張ったって勝てるわけないじゃん?」
軽い調子で言ってはいるが、その瞳の奥に一瞬だけ寂しさのような物を見た気がして、男の饒舌さにもどこか違和感を覚える。
「んでさ、こないだなんかアイツなーんも関係ないのにいきなり現れて俺らの事ぼこぼこにしてさ、お前の事も攫っちゃうし? もうこれは仕返ししなきゃーってさ、まぁアイツは完璧だから? それでもひとつくらいはって弱点探してたらお前がのこのこ目の前に現れたってわけ。そりゃあ捕まえなきゃ嘘でしょ」
こいつ――もしかして……と、違和感の正体が分かった気がした。
「そんな風にいつも自分の事を低く見せて、失敗したってしょうがない? 美幸に負けても当たり前? お前本気で美幸と勝負した事あるのか? 勝負する前から逃げてるお前なんかこわくない! こんな事したって誰もお前の事認めてなんか――っ」
「知った風な口をきくな! Ωなんかにαの気持ちなんて分かるもんかっ!!」
男の顔から薄ら笑いは完全に消え、俺の鳩尾に強烈な一発を打ち込んだ。
薄れゆく意識の中、最後に見たのは男の能面のような顔だった。
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