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 毎日が何の変化もなく過ぎていって、ある日俺は一冊の本が机の上に置かれている事に気がついた。  いつの間に置かれたのか、それは『罪』について書かれた本だった。  俺はその本を最初のメイドたちに教えて貰った文字を思い出しながら時間をかけて読んだ。何度もなんども。  内容が面白かったというわけではなかった。メイドが代わり新しい知識は増える事がなく、他にやる事が何ひとつなかったのだ。  本の中に書かれていた事は罪を犯せば罰を受けなければならない、というものだった。  何故この本だけがここにある事を()()()()のか、その意味を考えると俺が罪人であると言いたいのだと思った。  だから俺はこんな目に合っているという事なのだろう。  物を知らない俺でもさすがに自分が置かれたこの状況は異常なのだと理解していた。ここへ来るメイドたちも外へ出れば寄り添い合う誰かがいて、『自由』なのだと知っているからだ。  俺が罪人なのだとして、俺にどんな罪があるのだろう。  成長し、ある程度の事が分かっても未だその答えは見つからない。  そしていつものように木を愛おし気に見つめ涙を流すふたりを見て、もしかしたら外の世界のあのふたりが俺にここにいる事を強いているのかもしれないと思うようになっていた。  それでも俺はふたりの事を恨むという事はなく、あれほどモヤモヤして痛かった想いもいつの間にか消えていて、ふたりが何故俺にそんな事をするのかを知りたいと思うようになっていた。知って、謝りたいと――。  あれ程贅沢だと感じていたふたりが、俺よりももっと悲しく寂しそうに見えたからだ。  あんまり俺がふたりの事を見ているものだから、おしゃべりなメイドが「あのおふたりは大切なモノをなくされたのよ」と思わせぶりな事を言ったがそれ以上の事は教えてくれなくて、結局は何も分からなかった。  ふたりが失くした物とは何だろう。  失くした物を俺は返せるのだろうか? どうすればふたりに償える?  ついでとばかりに教えられたここの窓はこちら側からは見えるけどあちら側からは見えないという事実。  ふたりにとって俺は本当に透明人間なのだ。見たくもない存在なのだ。  俺はずっと冷たい箱の中でひとり。  それが俺の世界で、それが許されない事をしてしまった俺への罰――? *****  ――つうっと涙が流れ段々と浮上していく意識の中、すぐには自分が今置かれている状況が分からなかった。  まだ自分はあの箱の中でひとりでいるのかと真っ暗な闇の中、数回瞬く。  そしてゆっくりと身体を起こそうとして、身体のあちこちに感じる痛みに小さく呻き声を上げ再び身体をベッドに沈み込ませた。柔らかく受け止められたのに痛くて堪らない。  記憶の欠片がもたらす痛みに血の気が引き、身体がガタガタと震えだした。  小さな欠片ひとつひとつがとてつもない恐怖だった。  短くはない時間が過ぎても何も起こらない事で警戒レベルを少しだけ下げ、更なる情報を得ようと息を潜め視線だけで辺りを見回して驚く。あんな事があったのだ、きっと路地裏かよくて病院のベッドで寝かせれていると思っていた。あの箱に再びいる可能性だってあった。だけど、どれも違う。  遮光性の高いカーテンが作り出す闇の世界に、今が朝なのか夜なのかも分からないし部屋の細部も分からないけど、自分は随分と上質なふかふかのベッドに寝かされているのだと分かった。ぽんぽんさわさわと手触りを確かめほっと息を吐きそうになるが、すぐに思い直した。  どんなに上等な場所に自分がいたとして、なにひとつ自分の安全が約束されたという事にはならないからだ。  あの箱の中にも必要最低限ではあるが、それなりに上質な物が置かれていた。確かに自分を害する事はなかったけど、それだけだ。あの箱は自分にとって安心できる場所ではなかった。  ゆっくりと身体を起こし、忙しなく動く眼球。全神経を使って辺りの様子を窺う。  どのくらいそうしていただろうかとりあえずは危険がないと判断した。  やっと少しだけ緊張が緩み、これからの事を考える為にも再び欠片を集め記憶をたどる。  俺は(あそこ)から連れ出され……そして――。    ぎゅっと目を瞑り痛いくらいに拳を握りしめ、そしてハッとする。  一番大事な事だったのに。  首の後ろを確かめるようにそっと触れ、あてられていたガーゼにぎくりとなる。それでももしかしたらとガーゼを剥がし震える指で項に触れ、指先がでこぼこを認め絶望した。  ――――――俺は項を噛まれてしまっていた。
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