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 幼い頃世話をしてくれた最初のメイドはこの屋敷で雇われた正規のメイドで、主の命令を守りながらもできる範囲で俺に沢山の事を教えてくれた。  おじいちゃんは年齢を重ね、俺に対する罪悪感から俺から手を引こうとした。手を引く際忠実に主の命令を守る者に日雇いのように一日だけ雇ったメイドに俺の世話をさせるように指示した。自分と同じくメイドたちも俺から解放してやろうとしたらしい。  最初のメイドたちは俺が思っていた以上に俺の事で心を痛めていたそうだ。  最初のメイドに代わって俺の世話をする事になったのは流れのメイドで、ひと所にいつけないのにはそうなる理由が当然あって、仕事ぶりもさる事ながら主への忠誠心もまったくなかった。  それによって俺は美幸に助けられなければ更なる地獄へと落ちていたかもしれなかったんだけど――、そのお陰で美幸に会えたとも言えるわけで。  全部が分かった今、俺におじいちゃんをどう罰するかが委ねられている。集まる視線の中、大きく深呼吸をして土下座し続けるおじいちゃんに慎重に言葉を紡ぐ。 「俺に悪いと思うのならこの先――俺が両親と離された十七年の間元気でいて俺の事を愛して下さい。俺が欲しかったのは愛だから、それ以外はこれ以上の謝罪の言葉も何も要りません」  そう言って俺はおじいちゃんの傍にしゃがみ、涙で濡れてしまった皺くちゃの顔を綺麗なハンカチで拭い微笑んで見せた。  俺の身に起こった事が行き過ぎた想いや不幸な行き違いで起こった事だと言われて、理解もしたし納得もした。  おじいちゃんがしてしまった事はうちだけの問題ではなく、俺の戸籍回復に伴い隠してはおけない。公的に色々な罪に問われてしまうだろうからせめて孫として支えてあげたいと思ったのだ。  愛を貰い、俺も愛を返す。  だから縁を切ったり別の罰を与える事は望まない。  ここで「もういいよ」と言う事は簡単だけど、お父さんやお母さん、俺に関わった人たちは複雑な想いを抱えたままになり誰も救われないし、関係が拗れたままになってしまうと思った。  『罪を犯せば罰を受けなければならない』あの本にあったように、罪を犯したなら罰を受け、それで罪を犯した側も許されたと感じられるのだ。  十七年というのは長いと思うかもしれないけど周りの人間にとっても心の傷を癒すのには必要な時間で、お互いを想い合い穏やかな時間を過ごす事ができたなら、きっと十七年なんてあっという間なんだ。俺が美幸といた数週間が瞬き程の短い時間に思えたように――――。 *****  こうして両親の愛を確認した今も俺の胸にはぽっかりと大きな穴が開いたままだ。  そっと胸を押さえるとお父さんが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。 「――どうした? どこか苦しいのか? それともして欲しい事があるなら何でも言いなさい。お前は私たちの愛する息子なんだ、我儘でも何でも言っていいんだぞ」  と穏やかに微笑むお父さんに俺も微笑みを返す。  色こそ違うが自分によく似たお父さんの瞳。今はここにいないけど、俺はお母さんにも雰囲気がとてもよく似ていた。  もしもおじいちゃんが自分の目で成長した俺の事を一度でも見ていたなら気づけただろうに――、と思うが頭を振る。過ぎた事は過ぎた事なのだ。  あの木の傍でふたりが寄り添ってお母さんが涙するのを何年も見続けてきた。  俺はいつも心が痛かったんだよ。抱きしめて涙を拭ってあげたかったんだよ。  でももうお母さんたちは大丈夫だよね。  俺は多分今も泣いているだろうあの人の元へ行きたいんだ。  あの人は嘘つきだから――――、人前で泣いたりしないけど心の中ではいつも泣いていたと思うんだ。そんな時抱きしめてあげられるのは俺しかいないから、だから――。 「お父さん、お願いがあります」
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