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2 番(つがい) ①
俺はΩだ。項を噛まれたという事は誰かと番になったという事を意味した。
番になったという事は、どういう事が自分の身に起こったのか、番うという事がΩにとってどういう事なのかも理解はしている。
*****
昔訳も分からず受けた検査で、俺は自分が『Ω』だと知った。
Ωだから何だというのか、当時の俺は何も分からず気にもしていなかったけど、やがて発情期を迎え、Ωというものを知る事となる。
初めての発情期をひとりで過ごし、発情期が開けた頃いつも通りにやって来た最初のメイドが、Ωについて淡々と語り出した。そのいつも以上に事務的な口調に、俺も無駄に感情的にならずに話を最後まで聞く事ができた。
Ωには発情期というものが定期的にあり、Ωが発する発情フェロモンは不特定多数のαを惑わしてしまう事。
Ωはその性質により性被害にあいやすく、きちんと管理、対処しなければならない事。
発情期にαと交わり最奥にαの精を受け、項を噛まれてしまえば相手がどんな相手であっても番関係が成立していまうという事。
そんな事故を防ぐ為に、番を持たないΩは項を守るネックガードを填めなくてはいけない事などなど。
『番』についても光と闇を教えられ、最後にΩの幸せはα次第なのだとも言われた。
俺はメイド以外誰とも直接会う事はなかったし、メイドは皆βかΩだと言う。だから俺にはΩの負の部分は関係ないものだと思っていた。ネックガードなんて俺には必要がない物だ。だって噛んでくれるαがいないのだから。
俺には『番』の話なんて良くも悪くもただの夢物語なのだ。
事故や性被害でなく結ばれる番、愛し愛される相手なんて夢のまた夢――。
*****
昨夜奴らに襲われて真っ先に考えたのは、その場の誰の番にもならない事、だった。抵抗を止めるつもりはなかったけど、四,五人のαらしき男から非力なΩが逃げらるとは思えなかったし、もしもそうなった場合はそうするように言われていたからだ。自分には縁のない事だと思いつつもそこはしっかりと覚えていた。
番にさえならなければ後はどうとでもなる。今回の事は世間知らずだった俺にも責任がある。
あの時もっと疑うべきだったのだ――。
もう一度まだ少し痛む項のでこぼこにそっと触れてみる。何度触れてみても変わる事はない。
「――――」
俺に贅沢な願いなんかなかった。ただ愛が欲しかった。
生まれてからただの一度も誰の愛も受けた事がない俺だけど、昨夜のような物ではなく何かの間違いでもなんでも俺の罪は許されて、普通に誰かと出会い愛を貰い愛を与え、番になれたら――と、本当は少しだけ期待していた。
思わず涙が零れそうになるが、ぐっと堪える。
泣いてなんかやるもんか。もう涙なんてとっくの昔に枯れ果てたはずだ。
大事なのはこれからの事。
最初のメイドの話にあったような最悪の事態は免れたようだ。まぁ何をもって最悪とするかだけど。
俺は今鎖に繋がれているわけでも、ぼろ雑巾のように打ち捨てられているわけでもない。あんな事があった後にしては随分とマシな状態のはずだ。
番になったのはあの中の誰だったのか分からないが、きっと大丈夫。逃げても追ってまで俺を求めない。俺みたいなΩに執着するはずがない。その証拠に俺の傍に今誰もいない。ここに連れて来たのだって番になってしまったからただ何となくで連れて来ただけに違いない。愛は――ない。
だから、ここから逃げても大丈夫。
あんな事をされたのに、まるで愛して欲しいと思っているような思考に我ながら嫌になる。
気持ちを切り替えるように大きく息を吐く。
番った事で突然のヒートでフェロモンをまき散らし、Ωとして危険にさらされる事がなくなったのだと思えばこの噛み跡にも意味がある。
――大丈夫、俺は大丈夫……。絶対にここから逃げてやる、今度こそ自分の意思で出て行くんだ。
項の噛み跡の痛みを無理矢理忘れるようにぶんぶんと頭を大きく振った。
そして、ここからどうやって逃げようかと考えていると、
「――お兄ちゃん……?」
突然暗闇の中からこちらを窺うようなそんな声が聞こえた。
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