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3 愛を知る者、知らない者 ①
あれから俺と美幸はいつも一緒にいた。
ただいるだけではなく、子どものような美幸の身の回りの世話をしたりと最初のメイドがしてくれたような事をしたし、絵本を読んで聞かせたり、広い邸内でかくれんぼをしたりと最初のメイドがしてくれなかった事もした。
*****
俺の怪我も治り行動範囲が広がると、一宮家は俺なんかには想像できないくらいお金持ちだという事が分かった。
あの時は見えなかった真っ暗な部屋は美幸の寝室で、明るい中で見た室内は驚く程豪華だった。
その辺に置かれてある花瓶も一体いくらなのか――考えるだけで恐ろしい。だというのに美幸はお構いなしに高そうな花瓶の横を子どものように、何の配慮もなく走り回るのだから俺の方がひやひやしっぱなしだった。
――と、どうして俺が今もここにいてこんな事をしているかと言うと、理由はふたつある。
ひとつは、俺としても番云々は置いておいてもここにいて特に身の危険は感じないし、何より美幸に必要とされたからだ。
もうひとつは、実は俺がここに連れられてきた翌日この家のメイドに美幸についてこっそり聞いていた。
俺が思っていたように美幸は俺より大分年上の二十八歳、一宮家の跡取りなのだそうだ。二次性はαで、つい最近までスーツを着てバリバリ仕事をしていたらしい。それがある夜、俺を連れてきて――様子がおかしくなった、という事だ。
お医者さまの話によると幼児退行というのだろうか、完全には一致していないそうだけど言動が幼くなり、美幸自身も自分が十歳の子どもだと信じて疑っていないのだそうだ。
原因は色々考えられるけどストレスが最も可能性が高く、いつ元に戻るかは分からない。効果の程は約束できないけどできるだけ美幸の傍にいて、味方である事や愛情を示してみて欲しいとの事だった。
話を聞いて、出会って間もない俺では役不足だし傍にいる事はできても他には何もできないと思っていたんだけど、美幸が俺以外の誰かが自分に近づく事をひどく嫌がった。だから俺が美幸の世話と遊び相手をしているというわけだ。
数日経った今も俺には俺たちが番である自覚はまだないけど、それでもやっぱり番の為に俺ができる事なら何でもしたい、といつの間にか思うようになっていた。
それが番に対する愛情からなのか、ただの同情からなのかは分からない。
それでも俺は美幸の傍にいたいと思った。美幸の心に寄り添いたいと思ったのだ。だから俺は美幸の傍にいると決めた。
そう思えたのも見た目はどうであれ美幸が十歳の子どもになっているからこそで、美幸の痛みが消えますようにと願いながらもこのままでいて欲しいと思わずにはいられなかった……。
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