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カメレオンの光と影
世界を部分的に盗む謎の怪人カメレオン。「どうせなら丸ごと持っていけ!」
中途半端な損失で機能不全に陥れられた側はたまったもんではない。
例えば某大手唐揚げチェーン。おじさん人形の上唇溝部分だけ盗まれた。鼻の下がぽっかり空いてチョビ髭だけがブランブラン。ひびが入っていて、結局、全損破棄で作り直しである。
そんなこんなで地味に致命傷を与えていくので世間は神経を尖らせている。何が怖いってド派手なディザスターより静かに余命ゼロを宣告される恐怖。
そんな彼に捜査当局はパッチワーク窃盗と言う罪名をつけた。
■ シャッター通り
朽ち果てたカラオケボックスに一つだけ窓明かりがついていた。
その一角だけまるで召喚ゲートが開いたみたいに賑わっている。出来立てほやほやの料理が並びコンパニオンが狭間を跨いで来る。どういうテクノロジーを用いてやったか詳細は一切不明だ。
お構いなしに覆面のままグラスを煽る。
「うまい具合にダメージ与えてるだろ? 盗みゃいいってもんじゃないぜ」
怪盗カメレオンはそう言った。彼は東日本を蚕食し簒奪の限りを尽くした。
関西に進出を企んでいてかつての仕事仲間に声をかけているがなかなか集まらない。
「かっこつけより日銭だろ」
仲間の出番泥棒が言い捨てた。
「金庫破りや強盗なんかコソ泥でもできる。俺は未来を盗んで世界を震えあがらせ」
「うるせえカメレオン」
遮ったのは人間ポンプだ。布袋よりも膨満した腹に出べそが乗っている。
「おーっと、これは人間ポンプさん。お言葉ですが貴方は芸人でしょう。エンターテイナーの癖に安っぽい盗みをするんですか。泥棒は一大スペクタクルですよ」
カメレオンはあからさまに言った。
「なんだと? コノヤロー。泥棒ビジネスを何だと思ってやがる。だいたいだな。人間ポンプみたいに金魚食って腹の足しになるのか?」
出番泥棒が煽ると「やかましい!」
人間ポンプが出番泥棒に殴りかかった。
テーブルがひっくり返り、食器がカラオケステージに散乱する。
「他のお客様の出番を奪わないでください~」
店内放送で注意された。
「……」
フリーズする出番泥棒の顔を人間ポンプがのぞき込む。
「あのー?」
「……」
出番泥棒が出る幕を奪われて放心している。
「お前らー。出番だって言ってんだから静かにしろ。」
カメレオンが怒鳴りつけた。すると人間ポンプがお姉さんにマイクを向けた。
「えっ?」
「出番ですよ」
ボソッとくぐもった声が響く。カメレオンの口元が緩む。
「そうそう、出ー番ーー!出ーーー番!出ーーー番!」
いつのまにやら出番コールがコンパニオンのお姉さんに降り注ぐ。
「ちょっと…」
「でーばーん! それ、でーばーん! もいっちょ、でーばーーん!!」
お姉さんは固まったままだ。
盛り上がるコール、鳴り響く手拍子、高速回転するミラーボール。ピンクのドレープカーテン。緋毛氈にスパンコールの雪が降る。おねいさんピーンチ!
■出番泥棒ディベート合戦
すると彼女は聞こえない様に「出番泥棒でしょ!」と言っている。
「はい?」出番泥棒が答える。
「無理に歌ったら誰かの出番を奪っちゃうことになるでしょ」
「いやー、お姉さんの出番だよー」
カメレオンが客席に向って腕を振りまわし、ひゅうひゅうと口笛を煽る。
「お願いしますー」
媚びる出番泥棒を見て人間ポンプが憤慨した。
「お前にはプライドがないのか? 出番泥棒が出番を人に譲ってどうする?」
言われた出番泥棒はステージを見てこういった。
コンパニオンの出番は定義できない。
引き立て役の出番なんて出番に含まれないのではないか、と言い訳をする。
すると人間ポンプが笑った。
「ここはお前の出番ではないのか。何だかんだ言って他人から出番を奪い、出番泥棒をヘーコラさせて出る幕まで奪った、女にみすみす盗られていいのか」
すると、出番泥棒が「お前、何を言ってんだ」と上着のポケットを叩いた。
「なんだ、それ。ハンカチか?」
人間ポンプが首をかしげる。すると出番泥棒は長い紐を引っ張り出した。
「えっ?!」
お姉さんが仰天する。そしてモソモソと胸元をなでまわしハッと気づく。
そして悲鳴をあげて走り去った。
「出番は俺がいただいた」
出番泥棒はテーブルに自分の悪趣味をさらけだした。
■ カメレオンステージ
でも出番と言っても出番になる出番ばかりはないという事を思い知らされた。
しかし人生を歩むうえで出番だけが大事だという訳ではないだろう。
出番泥棒が哲学を語っているとカメレオンが マイクを奪った。
「お姉さんの出番、だったっけ? ちょっと待ってくれない?」
彼は問題提起した。ぽつんとしたステージ。本来ならば誰かが歌ってる番だ。
「この、『間』! どーすんだよ? ステージさんの出番、誰が奪った?」
言われてみれば確かにそうである。
「出番泥棒はどこだ? こそこそ隠れてないで出てこい」
出番泥棒が出番泥棒を募った。だが、しんと静まり返っている。
「出番泥棒はステージそのものじゃないのか?」
人間ポンプがツッコんだ。
「そうか、自分の敵は自分と言う。ステージの引っ込み思案が悪いんだ」
つまりステージは出番泥棒の被害者ではなく、加害者もおらず、単にビビっている
カメレオンはそう分析した。
「待つだけ待ってみようぜ」
人間ポンプがしゃがみ込んでステージに話しかけた。
「おい…どうしちゃったんだよ。お前は晴れ舞台になりたくないのか?」
「……」
出番泥棒は出番泥棒に落ちぶれた舞台の出番を待った。
「よし、それじゃ俺がプロデュースしてやる!」
■ うたう、怪盗
カメレオンの声がスピーカーから聴こえた。
曲名がでかでかと予約される。
「準備完了!」
カメレオンが歌う。
♪【嗚呼、かめれおん慕情】
流れ、ながれて道頓堀♪ 水面にうつすうたかたの♪ネオンの光に身をやつし
(中略)
嗚呼、どれも俺だよ~顔は百でも心はひとつ、お前唯一人、かめれ~お~ん♪
なんだかんだ言ってカメレオンが全部、持って行った。
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