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【三の地獄 モモメを喰う学校】
僕は人目につかないように駄菓子屋の裏口からそっと出て、屋敷全体に火が回り、野次馬が集まってくる前に急いでその場から離れた。
中ではパチパチと火の燃える音がする。
もう暫くすれば、一気に燃え拡がるだろう。
あの少年は上手く逃げられただろうか?
まあ彼を追って来る者は、あの老婆くらいだろうし、老婆は僕が殺してしまったし、もう誰からも逃げる必要も無いのだが——。
僕は素早く駄菓子屋から離れる。さっき来た道を、また同じ方向に向かい歩き出す。色々な事が矢継ぎ早に置きて、老婆に道を聞きそびれた。まあ、事情が事情だ。仕方がない。
暫く行き、駄菓子屋方を振り返るが、不思議な事に駄菓子屋に向う消防車の音などがしない?
それどころか、火の燃えている気配も無い?
この距離だ、さすがに火の燃える熱などは感じる事は無いだろうが、火の燃える灯りや音や煙などが見えてもおかしくない筈だ。昔近所で火事が起きた事があったが、ガラスの割れる音や何かが破裂する音が数百メートル離れた自分の住む家にも聞えたし、二階から見ると真っ黒な煙や闇夜に浮かぶ炎の輝きが見えた。火事とはあまり皆はイメージにないが、騒がしいモノだ。静かには燃えないのだ。室内であそこまで火が広がっていて、自然に鎮火してしまう事も無いだろう。
戻って確かめようか? いや待て——、もし誰かが火事に気付き見に来ていたら、目撃者を作る事になる。誰かが駄菓子屋の側を通り掛かったかもしれない。僕の犯行と結びつける糸が出来る。
悩んでいると、今来た方向が闇に包まれていくのが見えた。
それは、見た事も無い闇だった。
光を失い生まれる闇というものではなく、まるで黒い絵の具で上から塗り潰すような、透明感のまるで無い闇だ。あれは夜の闇などでは無い気がする。もっと、もっと恐ろしい物だと思った。——では何なのだ? と聞かれたら、答えに困るが、少なくともこの世の中で僕の知る闇では無い。
見た事も無い闇に呆気にとられていると、
その時——。
「モメメの解体ショーが始まるわ!」 と言う明るい声がした。
声のした方を振り返ると、女性が2人急いで走って行く。
二人とも、二十代後半くらいだろうか? 主婦のようだ。
「毎日食べてるけど、モメメの解体とか始めて見る。モメメの体の中とか、どんなからしら? 死ぬ時、泣くかしら? 最後に暴れたりしないかしら? やはりモメメも死ぬのが分かるのかしら? 痛いかしら? 怖いかしら?」
女はワクワクとし言う。
「そんな言い方はダメよ。子供達の教育の為に、モメメの命をありがたく頂くの。モメメに感謝しなきゃいけないわ。まるで、あなたの言い方はモメメの解体を楽しんでいるみたいよ?」
もう一人の女は、そうたしなめた。
「……ごめんなさい。そうね。モメメには感謝しなきゃいけないわね」
「そうよ。命を頂くんだもの」 そんな事を2人は話していた。
一体、モメメとは何だろう? 僕は火事の行方などそっちのけで、2人の会話が気になって仕方なくなり後を追った。
2人は短い坂を登ると、門を潜った。校門だ。
どうやら此処は小学校らしい。
僕もその後を付いて行く、2人は小学校の中には入らずに、校庭の方に向かっていた。
校庭には沢山の人々が集まっていた。今から夜が訪れようとするのに、こんな時間から運動会でもやるのだろうか? そんな訳はないだろう。キャンプファイヤー? モメメの解体はどこでやっているんだろう? 僕は近くを歩いていた中年の男に、これから何が行われるか訊いた。
「——運動会? いいや違うよ。子供達が一年育てたモメメの解体をするんだよ」
男はそう答えた。
「モメメ? そう言えば、さっきご婦人方もそう言ってました」
「そうだよ。モメメを知らないのかい? ほらあそこに居るから、見て来たらいい。面白いよ」
男の指す場所は、校庭の真ん中だった。
モメメの解体とは、こんな大規模な行事なのか? その名前もそうだし、何がこれから行われるのか全く想像ができない。
そこには沢山の人が集まって、輪となっていた。
ギュウギュウの人込みを掻き分けて、中心に近付いて行くと泣きじゃくっている声が聞える。
それは大勢の子供の声だった。
「モー君ごめんね!」
「モー君一年間ありがとう!」
「モー君の居た日々を忘れない!」
「モー君! Forever!!」
とか口々に言っている。
やっと、人込みの中心までたどり着くと、檻の中に全裸の小太りの小男が四つんばいで入っていた。
その檻に縋りつくように子供達が泣いていた。
「あの人は何をしてるんですか? 何か悪い行いでもしたんですか?」 僕は、側に居た女性に檻の中の男の事を訊いた。
「あれは人間ではないですよ。人造生物モメメですよ」 女性が答えた。
「モメメ?」
「そうです。形は人に似ているけど、一年で成体になり、成長しても最大140cmくらいで、知能も豚並、細胞を培養して人工的に生まれてくるから性別も無い。肉の味は豚肉と同じです。あれを生徒がみんなで一年間、大事に育てて来たんです。給食の残りカスとかあげたり、小屋を掃除したり、時に一緒に遊んだりと——」
確かに四つん這いになっている檻の中の男の股の間を見ると性器らしき物は見えなかった。この女性が言うように、人間では無いようだ。
「なるほど、そうなんですか。そう言えば、さっき、モメメを解体するとかって聞いたんですが——?」
「そうです。モメメの授業の最大目的は、命の大切さを知る事なので、最後にみんなで大事に育てたモメメを殺して食べます。モメメが人間に似ているから、より命の大切さが分かるのです」
「あの、モモメは何から作られた人造生物なんですか?まさか……」
「何を心配しているのですか? 違いますよ、モメメは人間をダウングレードした物ではなく、豚をアップグレードした物ですよ。形は違えど、あれは豚です。豚の体は人体に似ているから、人に似せた豚を作ったのです。豚の臓器は人間に似ているから、移植用の臓器を取る為に作りました。また人に近づけた事により、移植の拒絶反応も軽減されました。臓器は医療に、肉は当然豚肉と同じですから食用になります。無駄なく使えるのです。人体に近いという事で治験にも使われますし、また人間のようにする事で、飼育を容易に出来るようにもなりました。きちんと訓練すれば、自分達で簡単な自己管理ができるから、飼育の手間が減ります。そのモメメを、命の授業に取り入れる試みを、文部省が昨年から始めたのです」
「——あの、あなたは?」
「私はこの学校の教師です。モメメによる命の授業を、この学校でも実施する事を提案しました。私の思った通りモメメは、生徒達にとってただのペットではなく、弟であり、妹であり、友人であり、そして家族でした。それをこれから殺し、解体し、食べる事で命の大切さを知る授業の完成となるんです」 女教師は、自信に満ちた顔で力強く言った。
彼女はこれから、自分が進めてきた命を学ぶというプロジェクトを完成させるという事に気持ちが昂っているようだった。
僕はモメメなんて物が、この国で作られている事を全然知らなかった。 ——狂っているな。この国はいつからこんなに狂ったんだ? 人に似せた豚を家族のようにして飼育し、ぶっ殺して、バラバラにして、子供に喰わすなんて、なんて行き過ぎた授業なんだ。何が正しいかを究極的に突き詰めるあまり、もはや狂ってしまっている。これは単に自分達が生きる為には、他人を犠牲にしても良い——。のレベルを、殺してさらに食べても良い、まで引き上げる訓練でしかない。人間としてのレベルを引き下げる実験だ。これではまるで、気ぐるい養成教育じゃないか?
僕がそんな事を考えている間に、モメメの解体の時間はやって来た。
屠畜業者が2本の長い鉄の棒を持っている。それには各々黒いコードが繋がっていて、高圧電流が流れている。両方を一遍にモメメに突き刺す事で、通電しモメメは瞬時に痛みも伴わず感電死させられるのだ。
モメメは殺されるのが分かるのか、檻の隅に拠って、縮こまって腕と腕の間から、外の様子を上目遣いで伺っていた。
屠畜業者は、そんなモメメに鉄の棒を近付けた。
その時——、 「やめてっ!」 と人だかりの中から少女が飛び出し、モメメの檻に縋り付き 「モメメ言って、あなたの気持ちをあなたの言葉で言うのよ! 皆に言えば辞めてくれるわ!」 そう言った。
少女にさっきの女教師が近寄り
「水戸さん、何を言ってるの? モメメは喋らないわ。モメメの為にも早く終わらせてあげましょう?」
と言った。
「そんな事ありません! モメメは喋れます。少し頭が悪いだけで、私達と同じ人間なのです!!」
「何を言ってるの! モメメは動物、私達は人間なのよ。別の生き物なの。分かりなさい!」
「違います! 同じです! 同じなんです。モメメ! さあ言って! あなたの気持ちを言いなさい! 死にたくないって言うのっ!!」
モメメは、水戸という少女を見詰めていた。そして、苦しそうに何度か口を動かし、振り絞るような声で 「…シ、…シニ、……シニタクナイ…」 と言ったように聞えた。
…………………………………………………。
皆その声に静まり返った。
モメメが喋ったのだ。
喋り、死にたくないと懇願したのだ。
だが、その声は上手く聞き取れず、確かに「死にたくない」と言ったかと言えば、そう聞えなくも無い程度の言葉だった。
——皆、判断に困っていた。
「空耳です!何をしてるんですか! 早く殺して下さいっ!! モメメが言葉など話すわけが無いんです!!」
女教師が屠畜業者に迫り言った。 自分のプロジェクトが失敗させられると思ったのか、声が相当焦っていた。
屠畜業者は多少渋った顔を見せたが、それでも女教師に指示されるまま、モメメの頭に無慈悲に鉄の棒を近づけた。
その時、今度はモメメは土下座して、手を頭の上で合わせ命乞いをしたのだ。
誰が見ても見ても、モメメは確かに命乞いをしていた。必死に殺さないでくれと頼んでいた。喋れない代わりに、殺さなでくれとジャスチャーして見せたのだ。モメメは震えていた。確かに死を理解しているのだ。これには、さすがの屠畜業者も手が止まってしまった。
「何をしてるの! 早くやるのよっ!」
女教師は屠畜業者から、鉄の棒を取り上げモメメの頭に2本一緒にグサリッ! と突き刺した。
モメメは、アウアウアウアウ——ッ!? という叫び声とも悲鳴とも付かない声を上げて、痙攣して息絶えた。その姿はどう見ても、檻に入れられたオッサンが頭に鉄の棒を刺され、感電死させられただけだったが、悔しい事にモメメに突き刺された鉄の棒からは、焼肉の良い香りが漂っていた。
完全にモメメが息絶えたのが分かると、うわ——ッ!! という大きな歓声が周りを囲む群衆から上がり、響き渡った。そしてパチパチパチパチと大きな拍手が湧いた。
女教師はやり遂げた感一杯の顔で、額に輝く汗を拭い、清々しく歯を輝かせて笑った。そして、モメメに刺さった2本の棒を引き抜き、天高く掲げて、誇らしげに私はやり遂げたとジャンヌダルクの如く示し皆に見せた。
その後は、何事も無かったようにモメメは屠殺業者により、両脚にロープを掛けられて滑車で3本の柱を組みさわせたヤグラに吊るされて、首を切断されて血抜きがされた。新鮮な血はまだ凝固が始まっておらず溢れ出して、周りで見守る子供達に頭から降り注いだ。子供達は血に染まる赤い顔で、モメメの惨めな最期を見ていた。そんな子供達を、屠殺業者の足元に要らぬモノとして転がった、さっきまで生きていたモメメの生首が、虚ろな目でじっと見つめていた。
モメメは一通り血抜きが終わると、手際よく腹を裂かれて、臓器を出され、綺麗に解体されてタダの肉になった。
臓器を屠殺業者が引っ張り出しながら、これは心臓で——、生殖機関は退化していて無いんだよ、などと、まるで火葬場で焼けた遺骨の、此処はどこの骨か、なんて事を説明するように説明した。
肉は各部位に分けられて、皿に乗せられて、それをさらに父母が食べやすいように持参した包丁などで小さく切った。そして、皆でバーベキューにしてモメメを食べた。
水戸という少女は解体される間もずっと咽び泣いていたが、焼いたモメメの肉を一口に含むと 「モメメありがとうっ!」 と言って、何切れもモメメの肉を食べていた。
周りの大人達もそんな少女を見て、つられるように「モメメ! 命をありがとう!」とモメメへの感謝を口にした。そんな声が次々に合唱のようにそこら中から挙がった。
反吐の出るような光景だった。肉を喰いたいなら別にその辺で豚肉でも買って来て、喰えば良いのに、1人の友人を人間じゃないからと殺す事で命の有り難みを実感するなんて、人を殺して生を実感する殺人鬼の異常な思考と変わらないじゃないか? こいつらは大人も子供も皆狂人である。狂っている。気狂い教育だ。そもそも、そこまでしないと命の意味が分からない程なら、子供達はみんな精神科にでも行った方がいい。皆んな大人のエゴイズムの犠牲者である。アホくさい。
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