ホワイトムスクの缶詰

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「先生、こちらです」 上杉さんはホテルの部屋のドアを開けて、私を中に入れる。 上杉さんとホテルに来た。 そう書いてしまえば、何か進展でもあったのかと思われるかもしれないが、これは所謂拉致監禁に近いモノ。 そう業界用語で「缶詰」と言うモノ。 先日風邪をひいて寝込んだのだが、思いの外長引いてしまい、明後日の締め切りに間に合わないという事態が起こってしまった。 作家として何年もやって来たがこの様に缶詰にされるのは実は初めて。 私は、初めての缶詰を半ば楽しみにして上杉さんの車に乗った、どんな高級ホテルなのかとか、どんな所にあるホテルなのか、何て色々と想像したのだが、その期待は見事に裏切られ、少し都心から離れた、普通のビジネスホテルの普通のシングルルームだった。 「とりあえず、喫煙のお部屋にはしておきましたので、此処で一気に書き上げて下さい」 上杉さんは私の荷物を床に置いた。 「欲しいモノは私に電話して下さい。全て買って届けますので」
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