安定の好きなものか、気になるあっちか

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安定の好きなものか、気になるあっちか

一個ずつ種類の違うお菓子を、家族で分け合おうとして思い出す。以前勤めていた職場で、同じように一個ずつ種類の違うお菓子の差し入れがあったときのことを。 こいうとき当時の職場のルールは、「早い者勝ち」。少人数のアットホームな職場だったので、上司も先輩も新米も関係なく、どのお菓子を食べようかと箱の中をのぞき込む。 私の頭の中では、見てすぐに「これにしよう」と候補が決まっていた。前に食べたことがあったし、好みの味だし、間違いなく及第点に届く。大きな失敗がないことは確実だ。 しかしだ。このときは別のお菓子にも目がいった。なぜだかわからないけど、なんか気になるのだ。普段の私なら選ばないであろうタイプのお菓子。でもなんか、食べてみたい。 だけど安定した美味しさだとわかっているお菓子がありながら、わざわざ冒険した挙句にいまいちな味だったらどうしよう。結婚するなら「安定の公務員」か「夢を追うアーティスト」か、みたいな悩み方である。 ……よ、よし。今日は冒険してみよう。大丈夫、多分、美味しいはず。――と、夢追うアーティストなお菓子に手を伸ばしたとき、一瞬早く、同僚のEさんがそのお菓子をかっさらった。 やられたーっ、と崩れ落ちる私に、Eさんがにんまりと笑う。 「私と和珪ちゃんって、いつも大体同じもの選ぶのよねー。だけど和珪ちゃんは、一瞬、考えるの。だからいつも私に先越されちゃうのよー」 ……すべて見透かされている。 結局私は、安定のお菓子を食べた。予想どおり失敗はないし、味も及第点。間違いと呼べるものは何もない。だけど―― なんだか満たされないまま、私はそのお菓子を食べ終えた。   * その後私は、今回の件についてじっくり考え始めた。今後も似たような選択をする機会は何度も来るだろう。今のうちにどう対処すべきかを考えた方がいい。 考えた末、そのとき気になるお菓子を選んだ方が良い、という結論を出した。なぜなら、安定のお菓子を食べたところで、頭の片隅ではずっと「あっちはどんな味なんだろう」「やっぱ食べてみたかったな」「次はあっちを選んでみようかな」と気にし続けるからだ。 だったらいっそ、食べてみた方がいい。たとえそれが大冒険だったとしても。美味しかったらラッキーだし、今後は幸せな選択肢が増える。私の世界も広がる。 食べた途端、「失敗したー!」となっても、それでいい。食べてみたおかげで、「あっちを気にし続ける気持ち」は昇華されるし、次からは悩まずに済む。 安定のお菓子は、「いつもの味が食べたいなあ」というときに選べばいい。「あっちが気になるなあ」というときは、あっちを選べばいい。今食べたいのは、あっちのお菓子なのだから。   * 思い返せば、このときは自己分析も答えも、珍しくちゃんと出た。でも普段はそうではない。理屈で正しそうな方と、なんか気になる方。どちらを選ぶべきか、心底迷う。 お菓子に悩んで十年後くらいだろうか。「気になるあっち」を選ぶことにした私への、答え合わせのような本と出会った。それが前回語った、鏡リュウジ氏の『牡牛座の君へ』である。 ---------------------------------------- あなたは決断することが苦手じゃない。迷っているわけじゃない。 感覚的に本能的に下した判断の理由を、言葉や理屈にできないだけなのだ。 (鏡リュウジ『牡牛座の君へ』より) ---------------------------------------- 私が聖典と崇める『牡牛座の君へ』で、一番心に染みた言葉がこれである。 今日も一個ずつ種類の違うお菓子を、サッと選んだ。 もう迷いはしない。
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