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蝋燭のあと
ありがとうございますという言葉が、堂のどこかで聞こえた。琉鈴が静かに目をあげると、仲桓たちは消えていた。ぽろぽろとながれる涙のまま、琉鈴は深く拱手する。静かに見守っていた荀涼は、小指の先ほどになってしまった蝋燭に釣鐘型の蓋をした。しゅ、と小さな音を立て蝋燭の見せたひとときの夢はかつての神官の手によって静かに閉じられた。
「おふたり、いってしまいましたね……」
琉鈴はそっと呟いた。その唇がふるふると震えているのを、荀涼は優しく肩を抱き寄せた。
「ああ。だが、きっと安心してこの世を去ったのだと、私は思うよ」
そう言ってほら、と指差す。二人が立っていた場には、茶葉が残されていたのだ。ふわりと優しく薫る、花茶の葉。荀涼は屈んでそれを丁寧に布に包み、琉鈴にそっと差し出した。涙を拭い、琉鈴はその香りを吸い込んだ。
「とても、いい香りですね」
彼は頷く。きっと、仲桓の店の名物なのだろう。琉鈴は慈しむように布を掌に包んだ。
「琉鈴、店の棚に水菓子がある。一緒に食べよう」
「ええ。このお茶にきっと、ぴったりです」
荀涼は彼女に腕を差し出した。二人は寄り添って歩きだす。堂の外で、忍冬がそよりと揺れた。
ーーここは望春堂。霊山の麓の蝋燭屋へは、時に世のことわりを超えて、さまざまな客が火を灯しにやってくる。
忘れられない思いを抱えてーー
完
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