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一昨日。
書道の選択授業から教室に戻ろうとした時、ブレザーの裾を引かれた。
「幸斗、ちょっと」
佑彩の声だった。
「おう。どした?」
俺は欠伸をしながら振り返る。
「ここじゃ……」
「え、何?」
俺は怪訝な顔で佑彩を見た。佑彩にしては歯切れが悪い。佑彩の黒目が不安げに揺れている。
「来て」
俺は佑彩の揺れるポニーテールを追いかけるように渡り廊下の端から外に出て、自転車置き場で足を止めた。
雨が降りそうな空だ。
「で? 何だよ? 時間ねぇぞ?」
「ごめん。四人でいる時は言えないから」
「はあ?」
俺は意味が分からず、もう一度腕時計を見た。そんな俺に佑彩は言った。
「私、幸斗のことが好きなの。私と付き合ってもらえない?」
俺は驚いてすぐに口を開くことができなかった。佑彩は怒ったような泣きそうな目で俺を見上げていた。
困ったな。
失礼なことに、まず浮かんだのがそれだった。
佑彩のことを女として見たことはなかったし、俺はまだ初恋さえしたことがなかったのだ。
いつまでも口を開かない俺に、佑彩は察したらしい。
「あ、だめならいいんだ! えっと、四人の時は普通通りにして! 困らせてごめん! それじゃ!」
早口にまくしたてて、走って行ってしまった。俺は一人残され、ぽかんと口を開けたまましばらくそこに立ち尽くした。
俺は後頭部を掻きむしる。
次の授業に行く気が失せて、のそのそと歩く。あてはないけれど、ゆっくりぐるりと。
俺には分からなかった。佑彩がどんな気持ちで告白したかなんて。そのことで、日常がどんなに変わるかなんて。
本当に想像力も思いやりも足りなかったのだと思う。
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