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佑彩とは告白された日から二人きりになっていない。意図的に。創多と吏奈がどこまで勘づいているかは分からない。四人でいても肌に静電気を感じるような緊張があった。
なんで告白なんかしてきたんだ。
俺は以前の四人の関係に戻れないことを恨んだ。
このメンバーで行動するのを迷い出した俺は、卑怯で自分勝手だ。佑彩はこんな俺のどこを好きになったんだろう。
「あ、ねえ。あたし、買いたいものあるんだ!」
吏奈の言葉に、俺たちは百貨店に行くことになった。
梅雨の合間のひさしぶりの晴れの日だった。
「二十分後ね!」
入るなり、吏奈と佑彩は二人してきゃあきゃあ言いながら駆けて行ってしまった。
「俺も本屋行きて〜から、後でな」
創多が片手を上げて歩いていく。
このまま帰ってもいいんじゃね?
そんなことを思いながら店内を見回して、俺は一角に茶葉専門店があるのに初めて気付いた。
へぇ。
足が自然とそこへ向かう。
幸い店内には一人しか客がいなかった。
茶葉の仄かな香りが鼻をくすぐる。紅茶が好きな俺はゆっくりと店内を回っていたが。
茶葉を真剣な顔で見つめて、サンプルの香りを確認しているその女性客が気になった。ショッピングにしてはあまりにも思いつめた表情だった。
大学生? この時間だから社会人ではない気がする。真っ直ぐなセミロングの黒髪の合間から見えるのは白い肌の横顔。
俺は紅茶のサンプルを手にしながら、彼女を見つめ続けた。
そして、見てしまった。彼女の瞳から音もなく流れ落ちる一筋の涙を。
俺は慌てて目を逸らした。
全身が心臓になったように脈打っている。口が乾いて、唾を飲んだ。
視界に何も入ってこない。ただ、彼女の横顔と涙が落ちる様が延々と俺の頭の中で繰り返された。
盗み見した罪悪感?
俺が動けなくなっている間に、彼女は店員の女性に茶葉を頼んで、店を出て行く。
落ち着いた柔らかな彼女の声が何度もこだまする。
「こちら、三十グラムお願いします」
たった一言聞いただけなのに。
俺の中から彼女が消えない。
俺は息苦しくなって、息を吐いた。
なんだ、これ。訳わかんねえ。
のろのろと彼女が購入した茶葉の前に立つ。
ラベルの文字が目に入った。
カモミールティー?
俺は彼女がしていたように、サンプルの蓋を開けて、その香りを嗅ぐ。想像と異なるフルーティな香りに驚いた。
「これ、ください」
俺は掠れた声でそう言っていた。
自分がいつの間に百貨店の入り口に戻っていたのかも分からない。
「幸斗? 何それ?」
創多から声をかけられて、俺はやっと現実に戻ってきた。
「え? カモミールティー?」
「何だよそれ? お前、お茶好きなの?」
「まあ」
「おい、大丈夫か?」
「何が?」
「いや、なんか、幸斗、ここにいない感じ」
ここに、いない? 誰が?
いや、彼女は間違いなく俺の中にいる。
何度もリピートする彼女の姿、声。
今まで感じたことのない感覚が襲ってくる。俺を支配する。
これは、何だ?
「俺、帰るわ。なんか体調悪りぃみたい」
「おお? 気をつけてな!」
帰宅して、しばらくカモミールティーの入ったアルミパックを手に、俺はぼんやりとしていた。彼女が買っていた茶葉。飲んだことがない名前のお茶だ。
俺は悪いことをするような気分で、夜中こっそり台所に下りて、ポットのお湯を使ってカモミールティーを淹れてみた。りんごのような香りに俺はうっとりした。
綺麗だと思った。女性をあんなに美しいと思ったのは初めてだった。
一口お茶を飲む。
え?
思い描いた味ではなくて、俺は驚いた。
美味しいと言える味ではなかったのだ。
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