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3
「幸斗?」
遠くで創多の声が聞こえる。すべてにもやがかかったような奇妙な感覚の中で、鮮明に思い出すのは彼女の横顔と涙だけ。何が彼女にあったのだろう。そればかりが気になっていた。
「帰らないのか?」
肩を叩かれ、俺はやっと顔を上げた。
「あ、ああ。悪いけど先に帰ってくれ」
「今日もかよ?」
「悪い」
創多はポンポンと俺の肩を叩いて教室を出て行く。
いい奴だな。
佑彩が教室を出る際にちらっとこちらを見たのが分かった。俺はその視線を受け止められずに俯いた。佑彩を傷つけるのは分かっているのに、俺には余裕がなかった。
自分がなぜこんな状態になっているのか分からなかった。全く知らない女性が泣いているのを見ただけ。なのに。
何度も何度も彼女の涙と声が頭の中で再生されて、狂いそうだ。
恋とはもっと甘やかで心躍るような煌めきを持ったものだと俺は勝手に想像していた。
だから自分が初めての恋に落ちたことになかなか気づけなかった。
もう一度会いたい。
そうすればこの心の騒めきの理由が分かるかもしれない。
俺は彼女を見かけた店に何度も通った。
今日こそ会えるのではないか。そう思って店に入る時は期待と緊張で呼吸も鼓動も激しくなった。そして、落胆と安堵の入り混じる気持ちを抱えて帰路に着いた。
そんな日々を繰り返して、やっと自分が彼女に特別な感情を抱いていることに気がついた。
もしかして、これが恋、なのか?
自分の中に常に彼女がいる。こういうことなのか?
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