死んでたまるか

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「おや、なんだこれは?」  ある朝、阿伊ウエヲ(59)は突然異変に気付いた。  自分のベッドで見知らぬ男が寝ていたのだ。 「おい、おまえ、どこのどいつだ。なんだって俺のベッドで寝てやがんだ。起きろ、起きろって」  ところがいくら大声で呼んでも、てんで起きる気配がない。 「おい、起きろっておまえ。まったく太え野郎だな。誰の許可を得て俺んちに入ってきてんだ。はっは〜、女房のやつ、俺がちょっと出張にいってる間に、間男作りやがったな。チックショウ、あのクソババアめ。俺がちょっと浮気しただけで、大騒ぎするくせして、てめえはとんだ色情魔じゃねえか」  カーッと怒りが込み上げてくる。 「やい、間男、てめえのツラ見せやがれ!…っと、なんだこいつ、どっかで見たことあるな。えーっと、どこだっけ、あ、この顔は、そうだ、この顔は俺にそっくりじゃねえか」  寝ている男の顔は、見れば見るほどウエヲにそっくりだ。 「なんだって女房のやつ、こんな男と浮気してんだ?俺様というものがありながら…」 「あのー、そろそろよろしいでしょうか」  急に声がした。  見ると、青白い顔をした貧相な男が、部屋の中にいたのだ。 「なんだ、おまえ。はっは〜、さてはおまえが間男だな」 「いえ、違います」 「この野郎!取っ捕まえて、口ん中、塩辛突っ込んでやる!」 「待ってください、待ってください、暴力はいけません。僕は間男ではありませんし、ベッドに寝ている男も違います」 「じゃあ、本当の間男はどこにいるんでいっ」 「間男なんていませんよ。奥さんは浮気なんてしていません。旦那にどれだけ浮気を繰り返されても、離婚したくなるのをぐっと我慢して、三人のお子さんを立派に育て上げた、良妻賢母の鏡みたいなお人です」 「それじゃ、おまえはなんだってここにいるんだ」  短気なウエヲは、グイッと男の胸ぐらを掴んだ。男が着ている黒い服が伸びる。 「ああ、もう、暴力はよしてくださいってば。この服、一枚しかないんですから、その手を離してください。破れるまで請求できないんです。請求したって、新しいのがくるまでに何ヶ月もかかるんですから。もう、気づきませんか?僕の格好を見て」 「格好?」  ウエヲはよく男を見回してみた。そう言われれば、奇妙な格好だ。 「真っ黒けの、ワンピースか、これは?それから、なんだおまえ、この物騒なもんは。でっかい鎌なんか持ちやがって。あ、さてはおまえ、強盗だな!?」 「ま、待ってください、待ってください!もう〜、察しが悪いなあ。黒い服を着て、青白い顔をして、大きな鎌を持っていて、死んだあとに突然見えるようになると言えば、アレでしょう」 「アレだと?アレってなんだよ、もったいぶってないで早く言いやがれ」 「だ〜か〜ら〜、死神ですよ、死神。僕は死神です」 「死神?そういやお前、死神みたいな格好してるな。あれか?今日はハマユウか?さてはけったいな格好して人ん家に押しかけて、ごま団子をせしめようって、あれだな」 「それはハロウィンですよ、ハロウィン。中華じゃなくて、お菓子をもらいにいくんです。そうじゃなくて、僕は本物の死神です。ほら、空を飛んだり壁をすり抜けたり、こんなことやあんなことだって自由自在ですよ」  死神はしばらく、自分が死神である証拠をウエヲに見せようと、いろいろやってみせた。  そこはいろいろあって、疑ぐり深いウエヲに信じさせるのに相当骨が折れたのだが、話の本筋には関係ないので省略する。 「するってえとおまえさんは本物の死神!?」 「やっとわかってもらえましたか」 「しかし、本物の死神がなんだって俺の家なんかに…。おい待てよ。おまえさっきおかしなこと言わなかったか?」 「いやだからお菓子をもらいにいくんじゃなくて」 「それはわかってるよ。そうじゃなくて、死んだら突然見えるとかいう…」  ウエヲはようやく事態に気づいた。 「じゃ、何か?おまえが見えるってことは、どういうことだ?」 「どういうことって、そういうことです」 「もったいぶってないで早く言いやがれ」 「わかりましたよ、もう〜、気の短い人だなあ。まったく、とんだ初仕事だ。先輩たちは行きたくなかったから、僕に回してくれたんだなあ。簡単な案件だから新人いってこいって、ちっとも簡単じゃない」 「ブツクサ言ってると辛子のかわりにレンコンの穴ん中、詰め込むぞ!」 「ひいいっ、ごめんなさい、ごめんなさい。で、ですから、あなたは死んだんです。もう死んでるんです。だから死神のこの僕が見えるんですよっ」 「…え、死んでる?」  ウエヲは自分の体を確かめてみた。ちゃんと触れるし、足も二本ついている。 「俺はここにいるじゃねえか」 「今のあなたは霊体なんです。霊体から霊体は、普通に見えるんです。半透明に見えたりしませんから。だから自分が死んだことに気づかない人も多いんです。それで僕ら死神がお迎えに上がるんです。親切でしょ?」 「じゃ、ここに寝ている、俺そっくりのやつはなんだ?」 「あなたの肉体ですよ。今となっては抜け殻ですけどね。わかりやすく言えば、あなたの死体です。ちょっと触ってみてください」  ウエヲが肉体に触ってみると、スカッとすり抜けてしまった。 「するってえと、何かい?俺は死んだのか?」 「死にました」 「どうして?」 「僕が仕事したからです」 「なにおう!」 「い、痛い、痛い!やめてください!霊体同士は普通に触れるんですから、すり抜けたりしないんですから、やめてください!自分の運命を受け入れて!」 「てやんでえ!これが運命を受け入れていられるかってんだ。俺は昨日の晩までピンピンしてやがったんだぞ。それが起きてみたら死んでるとくらあ。枕元には死神がいて、おめえが仕事したから俺が死んだだと!?やい、死神、よくも俺を殺しやがったな。俺は生まれてこのかた、一度も死んだことがなかったんだ。とっとと俺を体に戻しやがれ!」 「無理ですよ、運命なんです、運命」 「おめえが仕事したって言ったじゃねえか!大方その鎌でへその緒を切りやがったんだろうさ」 「へその緒だったら誕生ですよ。僕が切ったのは魂の緒です。でもそれは、あなたの依頼に基づいているんです」 「じゃあ俺が殺してくれって頼んだってのか」 「簡単に言うとそういうことです。あなたの生まれる前の計画がそうなっていたんです。あなたは生まれる前に、年老いてヨボヨボになって死ぬのは嫌だ、勘弁願いたい。元気なうちにコロッといきたい。そう望んだんです。でも、普通じゃそうはいきません。老衰で死ぬ場合は、だんだんと弱っていって死ぬのが普通です。そこで僕たち死神サービスの出番です。あなたみたいな人のために、時期が来たらコロッといけるように、あらかじめ契約しておくのです」 「…てことは、何か?」  死神は一枚の紙を取り出した。 「あなたが僕たちに依頼したんです。これがそのときの契約書です」 「本当だ、俺の名前になっている。日付は、俺の誕生日の前日だ」 「おわかりになられましたか。ふう、ご自分で依頼されるぐらいだから、もうちょっと物分かりがいいと思ったんだけどなあ。それでは、行きましょうか」 「行くって、どこへ」 「決まってるでしょう、閻魔様のところですよ」 「閻魔?そのあとはどこ行くんだ」 「知りませんよ。閻魔様がお決めになられます」 「じゃあ、俺は地獄に行く可能性もありってかい?」 「う〜んと、可能性というか、だいぶアコギなことをやってこられましたからねえ。98%以上の確率で行くんじゃないでしょうか」 「たった一代で会社をここまで大きくしたんだ。アコギでもスリコギでも持ってこないとやってられるか」 「さ、早く行きますよ」 「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ。そんなところに行けるか!」 「だってしょうがないでしょう」 「だってもクソもあるか。そんな60年も前の契約書見せられて、じゃあ行きましょうって納得できるかよ!そんな契約は無効だ、今すぐ俺を生き返らせろ。だいたい、なんだこの契約書は。収入印紙が貼ってないじゃないか。無効だ、無効、こんなもん無効だ!」 「いえ、死神サービスは公営ですから、印紙はいらないんです」 「不平等じゃないか。とっとと民営化しちまえ!そうだ、おまえさっき今日が初仕事だとか言ってたな」 「ええ、それがどうかしましたか?」 「それだそれだ。おめえみたいなペーペーじゃ話になんねえよ、こんちくしょうめ。もっと偉い奴出せ!」 「そんな御無体な。僕だって一人前の死神ですよ」 「一人前ってのはベテランになってから言うことだ!とにかくもっと上の奴、呼んでこい!おめえらのトップは誰なんだ」 「はあ、死神社長さんですけど」 「そいつが無効っつったら無効なんだよな!?とっととそいつを呼んでこい。俺が直接話つけてやる」 「そ、それは困りますよぉ〜。初仕事から社長を呼び出しでは、僕の評価が下がってしまいます。死神になるのも大変なんですよぉ」 「そんなもん、俺様の知ったことか!」  まったく困った客であるが、このままではラチがあかないので、死神は一度天界に戻っていった。  だがそんな事情はいざ知らず、地上の時間は淡々と過ぎていくわけで。 「あなた、あなた!しっかりして、あなた〜!」 「まずいな、女房の奴が起きてきやがった。お〜い、俺はここにいるぞ。浮気を疑って悪かったなって、聞こえてないか」 「死んでる、死んでる…、よっしゃあ!」 「な、なんだなんだ?よっしゃあってなんだ?女房の奴、今ガッツポーズしなかったか?」 「あ、トシちゃん?すぐにいらっしゃい。今日は仕事休みにしてね。え?声が弾んでるけど、何かいいことあったのかって?そうよぉ〜、あのね、お父さん死んだの。そう、だから今からこれからの段取り決めるから。いい?早くいらっしゃいよ」 「なんだ?長男のトシの野郎に電話したのか?やけに嬉しそうだな、俺が死んだってのに」 「あ、マー君?早くいらっしゃい。そうなの、お父さん死んだの。やっぱりあなたはものわかりいいわね。あ、その話はまた後で。ああ、そうそう、お願いね。本当?お葬式の段取りから何から、みんなやってくれるの?兄さんたちじゃ頼りないから。そうよね、ありがたいわぁ〜。母さんもそう思ってたのよ。わたしもそういうめんどくさいことは苦手だし。あなたがいてよかった、助かるわ。じゃ、また後でね」 「今度は、次男のマー坊か」 「ああ、ノブコ?お父さん死んだから。あんたも早く来なさいよ。美容院?そんな場合じゃないでしょう。え?お葬式となればお父さんの会社の関係者の人たちがいっぱいくる?その中の誰かに見初められるかもしれないって、バカなこと言ってんじゃないよ。誰があんたみたいな年増のあばずれなんか相手にするもんかね。ぼやぼやしてないで、とっとと来なさいよ、本当にもう」 「長女のノブコか。あいつだけは俺の味方だったよなあ。トシの野郎は俺のやり方に反発ばかりしやがって。マー坊は秀才だかなんだか知らねえが、人を見下した感じが気に食わねえ。いったい誰のおかげで大学まで出れたと思ってんだい。それにひきかえ、ノブコはかわいかったなあ。お父さんっ子でなあ。女房とは折り合い悪いけど、こりゃあこれから俺が死んだとなると、ノブコがかわいそうだぞ。是が非でも契約を無効にしてもらわにゃならねえ」  しばらくすると、早速ノブコがやってきた。 「もう〜、急いで来てみれば、何よ。まだ弟たち誰も来てないじゃないの」 「そんな口の聞き方がありますか。お父さんが亡くなったんだから、家族全員揃うの当たり前です。長女のあんたがいなくてどうするの」 「何よ、あんなおっさんのことなんて全然愛してなかったくせに。ま、家に金は入れてくれてたから、文句はなかったでしょうけど」 「ノブコ!あんたは何てことを言うの!」 「そうだぞ、ノブコ。おまえはなんてことを…って、お、お、お、おっさん?ノブコの奴、今俺のことおっさんって言ったか?」 「別に早く来ることないじゃない。遺産配分は、もう弁護士の先生の元で済んでるでしょ。相続の書類にサインするときだけ呼んでくれればいいわよ」 「親父、死んだって?」 「あ〜らトシちゃん、早かったわね。そうなのよぉ〜。お父さん死んだの」 「遺言書は金庫の中だっけ?」 「ちょっとトシちゃん、そんなに急がなくたって、どこにも逃げていきゃしないわよ。それより少しお父さんの顔、拝んでったら?」 「母さん、それこそ逃げてかないよ。それより遺言書だ」 「トシの野郎、なんだ?俺の死体には興味ないのか?ちょっとでも確認するとか、しないのか?ノブコもノブコだ。俺の死顔も拝まねえと、ソファにふんぞり返ってビールなんか飲んでやがる。俺がひょっこり生き返ってきたらどうすんだ?」 「あれ?母さん、金庫開かないよ」 「あ、そうそう。そういえば、推測されやすい暗証番号だからって、マー君が来たときに変えてったのよ」 「ちっ、マー坊め。余計なことしやがって」 「そのおかげでお父さんに勝手にいじられることがなかったんじゃないの。大事なものはみんなここに入っているんだから」 「何言ってやがる!通帳も土地の権利書も、全部俺のもんだぞ!俺が俺のもんいじくって、何が悪いんだ」 「呑気だな、母さん。ひょっとすると、マー坊の奴が持ち出してるかもしれないんだぞ。あいつはどこにいるんだ?」 「そんな弟を悪く言うのはおよしなさいよ。あの子はね、今葬儀会社にかけあって、お通夜の段取りから挨拶状やらなんやら、私たちのために全部整えてくれてるのよ。こんなこと、めんどくさがりのトシちゃんにはできないでしょう?」 「ふん、誰かさんに似たおかげでな」 「トシちゃん、減らず口はやめなさい」 「くそっ、マー坊の奴、遺言状に何か細工してないだろうな」 「アハハ、バカね。ぼやっとしているあんたよりも、マー坊が会社を継いだ方がいいんじゃないの?」 「姉さんは黙っててよ」 「だって弟の方が優秀じゃない」 「ああ、その通りだよ。家族の汚点のダメ姉貴よりも弟の方がずっと優秀だよ。姉さんのせいで、俺たちがどんなに肩身の狭い思いをしたか、わかってるのか」 「なんだ、なんだ?ノブコの奴、なんかやらかしたのか?家のことは全部女房に任せっきりだったから、わからねえが、あのかわいいノブコになんかあったのか?」 「この淫売女!あいつの姉さんは援助交際してるって、学校中で噂になってたんだぞ」 「え、援助交際!?ノブコが?」 「ふん!しみったれ親父のせいじゃない」 「小遣いは親父からたんまり貰ってたじゃないか。それを全部ホストに貢いだのはどこのどいつだ。しかも、よりにもよって相手が親父の会社の専務ときた」 「くそ、専務の野郎。ノブコにそんなことしてやがったのか」 「僕が社長になったら、姉さんには一銭だってやらないからな」 「あたしにだって権利はあるわよ。ちゃんと遺言書に書いてあるんですからね」 「ちょっと、トシちゃん。今はそんな話はやめましょう」 「母さんも母さんだ。昔からマー坊にべったりだったからな。本当はあいつに会社を継いでもらいたいんだろう。ふん、あんな学歴だけの青二才に何ができるものか」  そこに次男がやってきた。 「誰が学歴だけの青二才だって?」 「弟のくせに生意気な口を聞くな!」 「ああ、マー君。早かったのね。段取りは全部ついたの?」 「ああ、母さん。こうなったときのために、あらかじめ準備していたからね。初七日の法要まで、全て整えておいたよ」 「やい、マー坊。金庫の暗証番号を教えろ」  次男から暗証番号を聞き出し、金庫を開ける長男。途端に鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。 「お、おい、中が空っぽじゃないか」 「家に置いておくと物騒だと思ってね。銀行の貸金庫に移しておいたよ」 「なんだと、余計なマネしやがって。遺言書はどこだ」 「遺言書は僕が持っているよ」  次男はふところから遺言書を取り出した。  ひったくるようにそれを取ると、長男は中を開いて読み始めた。 「な、なんだこれは…!」 「正式な遺言書さ」 「この野郎、本物はどこに隠した!」  真っ赤な顔で次男の胸ぐらを掴む長男。そこに会社の弁護士が現れた。 「いいえ、それは正真正銘、本物の公正証書遺言です」 「兄さん、そういうことだ。嘘偽りはない。ちゃんと兄さんが跡を継ぐことになっているだろう」 「跡を継ぐって、おまえ、昔、節税対策に使っていたペーパーカンパニーじゃないか」 「会社はまだ残っているよ。これから大きくするかしないかは兄さん次第だ」 「どういうことだ、この遺言書は偽物だ!俺が本社の次期社長だって、俺は確かに自分の目でちゃんと見たぞ!」 「あの自筆証書遺言は無効になりました。検認がありませんから。そのあとで、ちゃんと公正証書遺言を作成し直しておりますから、問題ございません」 弁護士は事務的に言い放った。 「う〜ん、そういえばそんなこともあったような。また書くのがめんどくさいから、公正証書遺言にしたんだっけ。しかし俺はまだピンピンしてたのに、なんだって遺言書なんて書く気になったんだろう」  ウエヲは知らないことだが、実はこれも死神サービスの一環なのである。  死後の心配がいらないように、ウエヲの精神を操って、本人に直筆の遺言書を書かせたのである。  しかしその後、二通目の遺言書が作成されたことまでは関与していない。自筆証書遺言に検認を忘れたことも。  それはすべて地上の人間がやったことなのだ。 「あっはっはっは、トシのおバカさん。あたしはどうなってるのよ。ああ、結構貰えるわね。いいわよ、マー坊。あたしは会社経営になんて興味ないし、これで手を打ってあげる」 「姉さん…!」 「そういうことだ、兄さん」 「くそっ、許さんぞ。こんなもの断じて認めん。無効だ!」 「無駄だよ、兄さん。これは会社役員全員の意思なんだ。彼らは僕を選んだんだよ。誰が学歴だけの青二才だって?長男の座にあぐらをかいていないで、ちゃんとこういうところの根回しをやっておくべきだね」 「この野郎、ぶっ殺してやる!」 「ちょっとトシちゃん、やめなさい!」  そこに死神が戻ってきた。 「ふう、お待たせしました。いやはや、今回の件は、わたくしどもとしましても、前代未聞の出来事でして。閻魔庁まで行って閻魔帳を書き換えるという大変にややこしい作業を伴いまして、時間がかかった次第でございまして」 「ああ、あんたか。戻ってきてくれたのか」 「まあ、今回は特別ということで、まだ地上で活躍できる人をあちらへ連れていくのもどうかということでございまして」 「悪かった。手間を取らせた。それじゃ、閻魔様の元へ連れてってくれ」 「特別に生き返らせる措置を取ることに決まりまして。肉体に戻っていただけることになりました」 「いや、いいんだ。もうこれ以上生きていたくない。早くあの世に連れてってくれ」 「え、いいんですか?生き返れるんですよ」 「いや、やっぱりこのまま死ぬことにするよ」 「今死んでしまうと、98%の確率で地獄落ちですが。余命をあげますから、これから一生懸命善行を積めば天国に行ける可能性が出てきますけど」 「いや、いいんだ。また死ぬとなると、またこんなものを見なけりゃいけなくなる。こんなもの一度で十分だ。もう二度と死んでたまるか」 「はあ、そうですか。では、あの世に参りますが」 「それから、もう何人か死神を派遣してもらえるかな。まだ死人が出そうだ」 「おやすいごようですよ」
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