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最後の日、叔父は船着き場まで見送りに来てくれた。
「本当にお世話になりました。急に押しかけてしまったのに良くしてくれて」
「礼なんていい、お前には不愛想に接してしまったな。悪かった。初めてお前を見た時、姉貴にそっくりで驚いたんだ。生きていればもう39になるのに俺の中ではちょうど今のお前ぐらいの年のころの姉貴が一番記憶に残っているんだよ。イギリスの大学に進学してからは数えるくらいしか会ってなかったからな。ちょっと混乱していたんだ」
「確かにちょっと怖かったです。けど、僕は叔父さんを見た時に自分に似ていてうれしかったです」
「俺にか?」
「目の色、すこし緑色が入っているところ、同じでしょう。初めて会うのにやっぱり親戚なんだなって」
「本当だ」叔父は僕の目をのぞき込んで笑った。写真の中の母によく似た優しい笑顔だった。
「そういえば母の話をするのは初めてですね。ずっと話題にしなかったからあまり思い出したくないのかと思ってました」
「そんなことない。何でもない瞬間に思い出してはもう会うことができないという事実を辛く感じる。けど思い出したくないわけじゃないんだ。頭の片隅に追いやって薄れてくれるのを待つなんてごめんだ。クリスティーヌだってきっと息子に自分のことを知ってほしい、覚えていてほしいって思っているはずだから」
「いつか3人で話しましょう。叔父さんと僕とシルヴェーヌおばあ様と」
「そうだな。いまから思い出を話していたら船が出てしまう。写真を送るよ」
「叔父さんが映っている写真も送ってください」
「ああ、探してみるよ」俺の写真なんてあったかな、と首を傾げた。
間もなく出港の時間だ。
「ありがとうございます」
「元気でな」
ルイスの肩に置かれた叔父の手は、力強くて、温かかった。
その言葉には、自分の決めた場所で精いっぱいがんばれというエールが込められていた。
きっと何も変わらないだろう。戻ればまた変わらぬ日常を送るのだ。それでも前へ歩き続けよう。そこが僕の生きる場所だから。きっと、一人でも大丈夫だ。
一か月前、この船に乗ってきた時と同じような灰色の空。
遠く、雲の切れ間からは一筋の光が差し込んでいた。
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