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よく晴れた日だった。
軽めの朝食を済ませて二人して家を出る。不思議な感じだ。
港への通いなれた道とは反対の緩やかな上り坂を歩いて行く。
「灯台の方へはまだ散歩したことなかっただろう」
風の鳴る音にかき消されないように叔父が声を張る。
「砂浜へは何度も行きましたけど、灯台までは行ったことないです」
白衣ではなく、黒いトレンチコートの裾をはためかせながら先を行く叔父の背に答えた。背の高い叔父は緩慢な足取りでも速く、でこぼこした砂利で何度か躓きながらも遅れないようについていく。足場の悪い坂道に思いのほか体力を奪われ息が上がってきた。もうずいぶん歩いてきた気がする。島の大きさからしてもうすぐたどり着いてもいいころなんじゃないか。
「ちょっと休憩するか」叔父の視線の先にはベンチに丁度よさげな岩がある。
二人並んで座ってみると少し狭かった。
「食べるか?キュウリのサンドウィッチ。十九世紀ごろなら御馳走だ」コートのポケットから少しひしゃげたサンドウィッチが取り出して言う。
「手ぶらじゃなかったんですね」
「ちょっと距離があるからな。ほら、具がキュウリとチーズだけだからって落ち込むなよ。これが一番好きなんだ。不味いものなんて食わせないさ」
白い塊を受け取る。
「キュウリサンドなんてどれもそんなに変わらないんじゃないですか。キュウリの鮮度くらいで」
ルイスの言葉に叔父は、これだから英国人はとでもいいたげな顔をする。
「いいか?ただパンにキュウリとチーズを挟めばいいってものじゃない。まずワインビネガーにキュウリを漬ける、パンにはバターを塗って、一時間たったらキュウリとチーズをのせて仕上げにブラックペッパーを散らすんだ。寮でも作ってみたらいい。少ない材料で作れるし美味い。チーズを抜いてもいいし、逆に生ハムを足してもいい」
確かに叔父イチオシのサンドウィッチは美味だった。
「ほら、コーヒーもある」反対のポケットからは小ぶりな水筒が出てきた。
「さすがにミルクと砂糖は入れられないからブラックだ。薄めに作ったからそんなに苦くはないと思う」
湯気の立つコーヒーは冷えた身体に心地よくしみた。少し苦いけれど、毎朝カフェラテを飲んでコーヒーに慣れて来たのか、以前に感じた不快さはなかった。
軽く食事をとってしまうと、再び僕らは歩き始めた。
休憩を取ってから叔父はどこか様子がおかしかった。話しかけても、上の空で、何か別のことを考えているようだった。
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