コバルトブルーの断崖

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「ここは昔、流刑地だったと言われている」  雲一つない痛いくらいに青い空と、コバルトブルーの見渡す限りの海を見据える姿は、すぐそこにいるのに果てしなく遠くに感じた。 「流刑地。この島がですか」  平和で美しいこの場所とまったく似つかない言葉だ。 「もう何百年も前の話だ。政治犯や悪行を働いた貴族が流された。今でこそ夏にはバカンスに来たり、別荘を持つ人ももいるが、本土からそれほど離れていないのに開発もそれほどされずに、手つかずの自然が残っているのはそういった歴史が関係しているんだ。そういう土地だから悲しくなるくらい綺麗なのかもしれんな」  僕にとって、この島は楽園のように映っていた。僕がいるべき現実をほんのひと時でも忘れさせてくれて、美しく青い海が隔ててくれる。はるか昔、同じ景色を前にして、二度と戻れない場所を思い絶望や後悔、あるいは自身を追放したものへの憎しみを抱いて見たのがこのコバルトブルーだったのか。 「叔父さんはそれを知っていてこの島に移り住んだんですか。以前はウィーンの病院で医者をしていたっておばあ様から聞きました」  この機を逃せば聞くことができないと、意を決して問うてみた。 「どこでもよかったんだ。静かに暮らせる場所なら。ロシュフォールの病院で働く知人からこの島で医者をしないかって勧められて、ウィーンの病院を辞めて腐ったような生活をしていた時だったから深く考えずに返事をした。アルコールのせいで多少自暴自棄になっていたのもある。これ以上悪くなりようがない、どうにでもなっちまえってな。そのことは来てしばらくしたころにこの島の生まれだという老人に聞いたんだ。なんて自分にふさわしい場所だって自嘲したよ」  いったい何が流刑地としての過去がある島に自分がふさわしいと思わせているのだろうか。思いがけない返答だった。  僕について、叔父は何も聞いてこなかった。言えることなんて何もなかったからありがたかったけれど、それはこちらにも踏み込んで切るなという意思表示のような気がしていたから、互いの過去に関する話はなんとなく避けていた。だから意外に思う反面、今日この場所に来たのは、今まで避けてきたことを話題にするためだったんじゃないかと腑に落ちた。どんなことを口にしても、この強い風が攫ってしまいそうだから。 「帰りたくはならなかったんですか」 「いや、こんなに穏やかな気持ちで過ごせるようになったのはここへ来てからだ。昔の自分じゃ全く考えられなかった。でも国にはまだ戻れない。少なくとも自分自身としっかり向き合ってからでないと」  叔父は振り返ってルイスの元へ戻って来た。表情からは何も読み取れない。読み取らせてくれない。話はおしまい、ということだろう。 「そろそろ戻りますか。冷えてきましたし」  向かい合って立つ叔父を見上げる。 「お前は逃げたいとは思わないのか」
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