コバルトブルーの断崖

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 島の船着き場には、小さな待合室があるだけで、よくこういった場所にあるような観光マップや案内板といったものも置かれていない。自分以外に私用できたものもいないようだ。いそいそと積み荷を降ろす船員とそれをトラックに積み込んでいる島民と思しき人しかいなかった。  冷たい海風が髪を(なび)かせた。コートの襟を立て、気持ちを引き締めると僕は歩き出した。  迷わずたどり着けるか不安だったが、迷うほど道もなかった。北東に向かって伸びる道を行く。なだらかな丘を登りながら、木を探した。祖母曰く、大きな木の横に一軒ポツンとあるのが叔父の家だという。行けば分かるとものすごくアバウトな説明をされたが、周りは黄金色の草が、かさかさとそよぐだけで何もなく、案外難しくないかもしれない。  高い鳴き声に空を見やると鳥が頭上を旋回していた。世界のはずれのように寂しい場所だ。どうして叔父は一人で暮らし始めたのか少し不思議に思った。  丘を登りきると少し先に木と、そしてその下に白い家が建っているのが見えた。日が暮れ始める前にたどり着けたことに安堵したが、何もない草原のせいでほんの少し先に見えた家までは予想よりも辿り着くのに時間がかかってしまった。  玄関にチャイムらしきものはなく、恐る恐るドアノッカーで扉を軽くたたいてみた。言われるがままに国を出てきてしまったが本当によかったのだろうか。引き返せないところまで来てまたしても考えてしまう。もう一度、扉をたたこうとしたとき、扉が開かれた。 「鍵は開いている」気怠げに出てきたのは少しよれた白衣を着た、長身の男だった。すでに三十路は過ぎているはずだが、まだ20代半ばくらいに見える。緩くウェーブした金髪にブルーグリーンの瞳。母も父も瞳はブルーだから、自分のブルーグリーンの目は叔父譲りなのかもしれない。姉弟だから当たり前のことだけど写真で見た母親によく似ていると思った。 「初めまして、ルイスです。今日からしばらくお世話になります」てっきり母国語であるドイツ語で会話することになるかと構えていたが、先ほどの叔父の言葉に倣ってフランス語を使った。 「知ってる。ジャン=ポールだ。入れ」  予想はしていたがあんまり歓迎されているようではなさそうだ。 「あんたの部屋は二階だ、階段を上がって右側。それとこの部屋には入るな。診療所だ」  口早に言ってしまうと、すぐに診療所だという左側の扉に消えてしまった。まだ診察時間中だったのかもしれない。  一人残されてしまい、ひとまず部屋に荷物を置くために二階への階段を上った。
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