コバルトブルーの断崖

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   正面に扉が一つ、左に二つ、右に一つ。右の戸を開く。ベッドと机に椅子、本棚だけの簡素な部屋だがきれいに掃除されてあり、オイルヒーターで程よく温められていて心地よかった。ルイスが来ることを考えて準備していてくれたのかと思うと完全に疎まれているというほどでも無いのかと思えて少しだけ張りつめていたものを緩めることができた気がした。  コートを脱いで、ほんの少しの荷物を片づけてしまうと、することがなくなってしまった。  薄緑色のカーテンを引けば小さな窓からは海が見えた。高台に位置するおかげで遠くまで見渡せる。相変わらず曇り空だが、晴れの日には一面の青い海が見渡せるのだろう。  静寂に満ちた黄昏時の部屋では時計の秒針が時を刻む音がやけに大きく聴こえる。  ものすごく遠くまで来てしまったようだ。朝家を出てその日のうちにたどり着けるほどの場所だけれど、二度と帰れないんじゃないかと非現実的な不安感を覚えた。  自分の家や学校での生活が恋しいなんて一切思わない。むしろ逃げ出すことができて安堵している。  学校には友達と呼べる人もいなければ、何時ものように陰口を言われて、同じ学校に通う兄にいつも心配をかけてしまっている。  そして何より耐え難かったのはエヴァの存在だ。  初めて会ったのは一年と少し前、父親の弟であるトーマス叔父さんが婚約者として連れてきたのが最初の出会いだった。  の事を思い出すだけで息が苦しくなる。忘れたい、無かったことにしたい。消えてくれない。エヴァは僕が誰にも言えないと知っていて、トーマス叔父さんを裏切る行為を続けている。ゆっくりと、暗い沼の底へと沈んでいくような感覚だった。  日が完全に沈んだころ、ノックの後に叔父が顔を出した。白衣はもう着ていなくて、ワイシャツにベージュのチノパン姿だった。 「夕食だ。降りてこい」  叔父を追って階段を軋ませながら降りると、診察室の向かいにある部屋へ叔父に続いて入る。キッチンのそばの小さなテーブルには二人分の食事の用意がすでにできてあった。バゲットにスープ、ソーセージの皿にはマッシュポテトとザワークラウトが添えられている。 「いつも自分で料理してるんですか」  叔父が仕事の後に自分で用意したのだろうか。それとも出入りしている人間がいるのか。 「俺が作らずに誰が作る。……ああ、コックもハウスキーパーも雇っていない。自分でする人がほとんどなんだよ普通は」  遠回しに聞こうとした質問の意図を悟られているように思えて困惑した。  何を恐れているのかを見透かされているようだ。  誰も知るはずがないことなのに、神経質になりすぎている。
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