コバルトブルーの断崖

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 キャンバス地のトートバッグに財布と携帯電話だけ入れて、地図を片手に家を出た。天気予報で確認した気温よりも寒く感じるのは風が強いせいだろう。  とりあえず船着き場を目指して歩き始めた。昨日は日が暮れる前にたどり着くために急ぎ足で通ってきた道だが、改めて歩いてみると遠くにフランス本土が見えることや、道の脇にスノードロップが生えていることに気が付いた。花が咲くころには僕はここにはいないけれどきっと一面に白い花が咲いてとても美しいに違いない。  草の生い茂る中に見落としてしまいそうなほど細い道を見つける。地図に書かれていた砂浜への道だ。朝露に濡れた草にズボンのすそを濡らされながら行くと、平たんな道はなくなり斜面に沿って急な石段があるのみだ。眼下には海があった。砂浜へはこの急勾配を下るしかないらしい。もちろん手すりなんてものは無い。重心を後ろに置きながらゆっくりと下っていく。  岩壁に周囲を囲まれているせいか風が弱い。砂浜は真っ白で、浅瀬はエメラルドグリーン、そして水平線の青。  なんて綺麗な場所だ。  深く息を吸い込んだ。冷たくて清い空気が肺の奥までいきわたる。久しぶりの感覚だった。  砂浜に腰を下ろして、規則的に押し寄せては引いていく波を長く見ていた。  一人きりで外を歩くのは、今回が初めてな気がする。  7歳の時、兄と一緒に公園に行ったことがある。その時に誘拐されそうになって、間一髪のところで兄が気付いて事なきを得たが、それからは子供だけでの外出を禁止されてしまい、出かけるときは使用人を必ず同伴させるようにと言いつけられてしまった。もう14になるのだから禁止令が有効なのかどうかは微妙なところではあるが、寄宿学校に入ってからは学校にいるか、休暇で家にいるかで外出するということもなく、図らずも父の言いつけを守り続けてたというわけだ。  いつまでも居たいと思ってしまうような場所だけどやっぱりじっとしていると冷えてくる。  早く買い物を済ませて家に戻ろう。
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