コバルトブルーの断崖

7/17
前へ
/17ページ
次へ
   船着き場のある港まで来ると、今日はじめて島の人がいるのを見かけた。マフラーの中に顔をうずめるようにして歩く。  顔を見られるのが怖かった。  人目を引く自分の容姿が大嫌いだ。 「あなたの顔じゃまともには生きられないわね」とエヴァは笑った。  もし、この顔じゃなければ経験しなくて済んだ吐き気がするような出来事もあった。学校での友人付き合いも、家族との仲も、もう少しは上手くいったかもしれない。どうにもならない無駄ながいくつも浮かぶ。  考えすぎるな、と自身に言い聞かせて暗いものに飲み込まれそうになるのを抑える。  ゆっくりと息を吸い込んで吐いた。  早く買い物を済ませてしまおうと歩調を速める。  舗装されていない小道ばかりだったからアスファルトで覆われた道路が新鮮に感じる。道路に沿って歩くとすぐに店が立ち並ぶ場所に着いた。といっても個人経営らしき小さな店ばかりだ。スーペルマルシェの看板が出ている店はすぐに見つかって、店内に入るとドアベルが鳴った。 「ボンジュール」と太い声が聞こえてきた。  カウンターの中にいる中年の男の人に対してルイスも挨拶を返す。 「アンシャンテ、ルイ。ようこそ何もない島へ」 「えっ?」ルイはルイスをフランス語で読んだときの名前だ。初対面のはずの相手から唐突に名前を呼ばれて戸惑う。 「ジャン=ポール先生のところに来た子だろ?違ったかい?」 「いえ、そうです。びっくりしてしまって」 「この前店に来た時に聞いたんだよ。やたら食料を買っていくから、女でも家に呼ぶのかって冷やかしてみたら甥っ子が来るっていうんだからたまげたさ。一度も国に帰っていないからてっきり家族はいないか縁を切っているんだと思っていたよ。まあ島のやつからしたら先生がずっと居てくれると心強くてありがたいんだけどな。うちの女房なんて腰が痛いとか、風邪っぽいとかでしょっちゅう診療所に行ってるよ。半分は先生目当てだな、うん。島の女のほとんどは先生のファンだ。そりゃあこんなフランスの端っこの島に映画スターみたいな若い医者が来るってんだからそん時は先生のうわさでもちきりだったさ」  早口に話されるフランス語をどうにか聞き取った。にこやかな店主からは叔父がこの島の一員として受け入れられ、慕われていることが伝わってくる。 「あんまり話すぎたら怒られてしまうな。先生は噂話は嫌いみたいだし。けど島暮らしじゃあテレビを見るか、しゃべるくらいしか無いからみんなおしゃべりになっちまう。あんたの叔父さんもあと5年もしたら俺みたいになっているかもしれんな」  体格のいい体を小刻みに揺らしながら豪快に笑う。 「まあゆっくり見ていきな。お使いできたんだろう?今日は卵がお買い得だよ」 「メルシー、丁度頼まれていたんです」  「運がよかったな」と、キュッと両目を閉じてみせ、ウインクをしようとしたんだなと遅れて気づいて、それがなんだかおかしくてつい笑ってしまった。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加