コバルトブルーの断崖

9/17
前へ
/17ページ
次へ
 家の中は冷たい空気が停滞していて、患者が来ているらしく診察室の方からはかすかに声が聞こえてきた。  ダイニングのヒーターをつけて、少し遅めの昼食の準備をする。叔父のように凝った料理は作ったこともないし、作れそうにない。数少ないレパートリーの一つであるスクランブルエッグを作って、買ってきたばかりのパンが入った紙袋を開けると、香ばしい匂いが広がった。バゲットと一緒に紙袋に入れられていたのは一つのクロワッサンだった。ブランジュリーの店主がこの店の看板商品だからいっぺん食べてみてくれと、おまけでつけてくれたものだった。そういえば叔父も今朝食べていた。あれもこの店のクロワッサンだったのかもしれない。  昼食を食べてから日が暮れるまでは、リビングにある医学に関する書物で埋め尽くされた本棚の中から読めそうなものを探してみると、何冊か小説や詩集、料理本もまぎれていた。  ローテーブルを真ん中にして二人掛けのソファと同じ臙脂色のカウチが二つあるだけの小さな部屋だが広い窓のおかげで閉塞感は無い。むしろ読書をするにはちょうどいいと言える。手に取ったのはランボーの詩集、ユヌセゾンアナンフェ、地獄の季節だ。英語に翻訳されたものを一度読んだことがあった。言葉の意味は理解できるがそれ以上のことは読み取れない。難解な文章だったということだけ記憶に残っていた。カウチに沈んで、ページをめくっていく。  せめて辞書くらいは持ってくるべきだったか。読み進めていくと文脈から推測もできない初めて見る単語や表現がいくつもあった。  何度目かのあくびをしながらページをめくる。  
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加