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「沙也伽ー。あたし今日早退するわー。」  お昼休みに入ったと思うとすぐ、紅美があたしの教室に来て言った。 「え?何かあったの?」 「夕べ遅くまでギター弾いてて寝不足な上に、始まっちゃってさ。」  紅美が小声で言った。 「…始まっちゃった?何?」 「生理だよ。」 「…あ、なるほど…」 「なのに五限目の体育、マラソンらしいから…帰って寝る。」  一年になって、まだ二ヶ月。  なのに、紅美にはサボる勇気も決断力もあるらしい。  あたしなら、我慢するか、せめて保健室…って思うけど。  て言うか…  生理…  あたし、まだなんだよなー…  手を振って帰って行く紅美を見送って。  あたしは教室に入ろうとして… 「おまえが宇野?」  いきなり、呼び止められた。 「…そうだけど。」 「ふうん…ドラムしてるんだって?」  あたしの事、上から下までジロジロ。  何、こいつ。 「だったら何。」 「いや、俺もドラムしてるんだ。」 「へー。」 「……」 「……」 「話膨らませろよ。」 「知らないよ。」  これが…  希世との初めての会話。  まさか。  目の前のこいつが。  将来、あたしの旦那になるなんて。  思いもよらなかった。 「え、沙都の兄貴?」  いきなり話しかけてきた『朝霧希世』は。  思いがけず… 「五限目サボってドラムの話しないか?」  なんて言って来た。 「そ。」 「似てないね。」 「ま、あいつは外人みたいだからなー。」  沙都のお母さんは、アメリカ人と日本人の間に生まれたハーフで。  兄弟の中で、沙都だけがその血を濃く持って生まれたらしい。 「でも、あんたも髪の毛茶色いよ。」 「まぎれもなく地毛だけど、最初は染めてんのかって疑われる。」  ドラムの話はどうなったんだ。  って、少しは思ったけど。  朝霧くん、なかなか男前だし。  テンポよく会話が進むし。  まあ、いいかな。 「宇野、どんな音楽聴いてんの。」 「んー…店で流れてるやつとか、ライヴで出るバンドのとか。」 「何だそれ。好きなバンドとかないのかよ。」 「特にないね。」 「それでよくバンド始める気になんかなったな…」 「なんで?」 「だいたいみんな、誰かに憧れて始めたりすんじゃん?」 「朝霧くん、誰かに憧れて始めたの?」 「うん。親父。」 「親父…?」  あたしはこの時気付いた。  あたしって…  あまり、他人の事に興味がないのかな。  朝霧くんの親父って事は、沙都の親父だよね。 「親父、何してる人なの?」  あたしがそう問いかけると、朝霧くんは『えっ?』って、少し驚いた顔をした。 「おまえ、沙都とバンド組んでるんだよな?」 「…うん…」 「聞いてねーの?」 「…うん…」 「てか…紅美の親父の事は?」 「…えっと…何のこと?」 「……」  朝霧くんは、呆れた顔になってる。  そうか…  やっぱりあたし…  他人に興味がないのかも…!?  紅美のお父さんの事も、さほど知らない!!  て言うか、あんなに独占したがってた紅美の事も…そんなに知らないかも!! 「…お…教えてもらっていいかな…」  少しうなだれながらそう言うと。  朝霧くんは目を細めて。 「ダリアの娘とは思えねー…」  小さくつぶやいた。 「世界のDeep Redぐらいは知ってるか?」 「あ、うちの伯父さんがよく口にするバンド。」 「そこのギタリストが、うちのじいさん。」 「……」  口を開けて朝霧くんを見た。 「…世界のって言うけど…本当に世界の…なの?」 「世界の、だよ。」 「……」  続けて… 「親父は、SHE'S-HE'Sってバンドのドラマー。」 「…音楽一家じゃん。」 「しかも、成功してるしな。」 「……」  もしかして…  沙都って、超サラブレッドじゃん… 「で、そのSHE'S-HE'Sでギター弾いてるのが、紅美の親父さん。」 「え!!」  つい、大きな声を出してしまった。  あ…あのおじさんが、ギタリスト!?  うちの店で、紅美に甘い物食べさせてる間に、週刊誌の袋とじを覗いたりして。 「これ、開けていい?」  って、バイトの三上くんに聞いて笑われてた…  あたしの中では、ちょっとエッチなおじさん!? 「…ごめん…あたし、反省する。帰ったら、Deep RedとSHE'S-HE'S全部聴く。」  あたしが唸るような声で言うと。 「CD持ってんのかよ。」 「どうかな…ハコの方にあるかな…」 「うち全部あるぜ?」 「えっ、ほんと!?って…当たり前か。」 「うち来るか?」 「え?」 「てか、もうこのまま帰ろうぜ。」 「え?え?」  結構強引な朝霧くんは。  カバンを教室に残したまま…  意気揚々とあたしを連れて家に帰った。 「うっわ…何これ。」  あたしは、莫大な数あるCDを前に、大きく口を開けた。 「すげーだろ。」 「うん…朝霧くん、これ全部聴いた?」 「まさか。親父が酔っ払って買って来たアイドルのとかは聴いてない。」 「あはは。そういうのも全部並べてあるんだ。」  ここって、絶対あたしの部屋より広い。  ちょっとしたレンタルショップみたいだよ。  Aから順に、ズラリと並ぶCD…  奥の方には、レコードやビデオもあった。 「とりあえず…俺のおススメでもいい?」 「うん。」 「じゃ、まずはDeep Redな。」  朝霧くんはCDを用意して、それを高価そうなステレオにセットした。 「ヘッドフォンで聴いて。」  そう言って、朝霧くんはあたしに一つ…そして自分にも一つ、ヘッドフォンを出した。 「……」  あ、好きかも。  一曲目のイントロで…そう思った。  そして、歌が始まって… 「うわ…」  つい、声が出た。  大音量で聴いてるし、あたしの声なんて聞こえなかったはずなのに。  朝霧くんは少し笑った。  …すごい!!  これが世界のDeep Red!?  バンドも上手いけど、ボーカルすごい!!  こんなバンドが、うちでライヴしてくれてたなんて…!!  …て言うか…  この曲、聴いた事ある。  うちのハコに出てるバンドが、よくやってるやつじゃん!!  みんなコピーしてるんだー!!  でも全然違うけど…。 「これ、貸して!!」  あたしが大声で言ってしまうと。 「あ…ああ…」  朝霧くんは圧倒されたみたいな顔で頷いた。  そして、次は…SHE'S-HE'S…  一日に二つも気に入るバンドに出会えるもんかなあ?  なんて思ったけど… 「あ…っ、ダメだ…来た…」  つい、これも…声が出た。  なんて言うか… 「スネアの音が好み…たまらない…」  朝霧くんも大音量で聴いてるし、いいかと思って独り言大連発。  このドラムが、朝霧くんのお父さんだよね!?  めっちゃカッコいい!!  なんだこれ!!  ほんっと、このお腹に響く感じ…  たまらなーい!!  で、全然予想してなかったんだけど…  女性ボーカル!!  なんだ!?このハイトーン!!  ヤバいー!!気持ち良過ぎる!!  あたしがノリノリになって来たからか… 「次、これも聴く?爺さんが暇人になってから誘われて入ったバンド。」 「聴く聴く!!」  朝霧くんが次に出したのは、F'sってバンドだった。 「はっ…」  今までの二つとは違った感じ…って言うのは…  男性ボーカルのアクが強いって言うの?  超インパクトのある声…!!  そいでもって、全体的に重低音!!  うっ…わ~… 「なんだこれ…カッコいいのばっかじゃん…」  うっとりしながら小さくつぶやくと、本当につぶやきなのに…朝霧くんが笑った。  …なんで?と思って、朝霧くんのヘッドフォンのジャックを見ると…  …ステレオに繋がってない。  あたしはそれを持って。 「聴いてないじゃない!!」  自分のヘッドフォンを外しながら言うと。 「宇野のつぶやき聞いてた。」  ちょっと…ドキッとするような笑顔で、そう言った。
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