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〇朝霧沙都
「おー、久しぶり!!」
「…一週間ぶりぐらいのもんだけど…」
僕が訪ねると、曽根さんはすごく普通で…
もしかしたら、ノンくんから何か聞いてるんじゃないかなって思ったけど…
この様子だと、何も知らないようだった。
曽根酒店…
噂には聞いてたけど、意外と大きなお店でビックリした。
店内には試飲コーナーもあって、神さんと紅美ちゃんのお父さんだったら一日中いちゃうかも?なんて思った。
「上がんなよ。」
「…まだ仕事中じゃ?」
「俺は二号店から帰って来た所だから。もう今日はいいんだ。」
なるほど…ここは本店で、住居も兼ねているらしい。
お店の奥に入ると、曽根さんのお母さんが。
「あ!!うちの子がアメリカでお世話になりました~!!」
僕を見るなりそう言って、握手された。
面食らってると、曽根さんが。
「ほら、あそこ。もう、みんなに見せびらかしまくり。」
曽根さんの指先を追うと、デビューライヴの写真や、クリスマスパーティーの写真が飾ってあった。
「……」
ほんの二ヶ月以内の出来事なのに…もう、遠い昔みたいだ。
僕は…こんなに笑い合った仲間を捨てて…
自分の事だけを考えて生きようとしてる。
…最低…だよね…
「で?なんだなんだ?嬉しいなあ。沙都くんが会いに来てくれるなんてさ。電話もらった時は、ちょっとちびりそうになったよ。」
曽根さんは、相変わらずな感じで。
それが僕をホッとさせてくれた。
「僕さ…」
「うん。」
「…今週末、またアメリカに行くんだ。」
「えっ?何しに?」
「…ソロデビュー…する事になって…」
「はあ!?」
曽根さんの驚きは…予想以上だった。
「…ノンくんに、何も聞いてない?」
「大晦日に酒買いに来たけど…別に何も言わなかったぜ?ってかさ…ソロデビューって…事は、一人…だよな?え?もしかして、あの歌で?」
「うん…」
「……」
そうだよね…
誰だって、こんな話…喜ばないよね。
だって、みんなを裏切って行くんだからさ…
「それで、向こうに行ったらどうなるわけ?」
「え…?」
「ニカんとこに住むのか?」
「あ…全然…何も考えてないけど、あそこには…無理かな…」
「え?何で?」
「…みんなを裏切って行くんだよ?海くんだって…たぶんいい気はしないと思う…」
「……」
曽根さんは少しキョトンとした後、んーって天井を見て唸って。
「でもさ、デビューだろ?めでたい話じゃん。おめでとう!!」
笑顔になった。
「…あ…ありがと…」
…ビックリした。
おめでとうって…言われるなんて…
「そりゃさ、DANGERの事思うと胸は痛いけど、それとこれは別だぜ?沙都くんの隠れてた才能とか実力が認められたわけだろ?」
「そ…うなのかな…」
「すげーよ!!バンドデビューでもすげーのに、ソロもなんてさ!!よし、飲むぞ。祝うぞ!!」
「え?」
曽根さんはそう言って階段を駆け下りると、少ししてグラスと日本酒とつまみを持って上がって来た。
「売り物じゃ?」
「ちゃんと給料から引くさ。さ、飲もう飲もう。今夜は帰さないぜ~。」
曽根さんの心遣いに、泣きそうになった。
僕はまだ…誰からもソロデビューを祝福されてない。
曽根さんは、グラスにお酒を注いで僕に渡すと。
「おめでとう!!沙都くん!!」
その声に…
「…ありがとう…曽根さん…」
僕は…
泣いてしまった。
「紅美ちゃんに…結婚して…ついて来て欲しいって言ったんだ…」
「うんうん。離れるのは嫌だよなあ。」
「だけど…紅美ちゃんは、悩んでる…」
「うんうん。彼女も歌うのが天性だからなあ。」
「もし離れたら…僕の事、好きでいてくれるのかなって不安でさ…」
「うんうん。紅美ちゃんモテるから心配だしな。」
「紅美ちゃんがモテるから心配って言うより…僕が自分に自信を持てないのがいけないんだよね…」
「うんうん。そうか。仕方ないよな。向こうでニカやキリを間近で見てたら、あいつらの男前っぷりには脱帽って感じだったもんな。」
「……」
曽根さんは、僕の意見に『うんうん』って同意してくれて。
だから…つい僕も次々と本音が言えたけど…
海くんとノンくんの男前っぷりには脱帽…って言葉に。
僕は…やっぱ、そこなんだろうな…って自分の器の小ささにうんざりした。
「でもさー。」
曽根さんはグラスにお酒を注ぎながら。
「俺から言わせると、そこにはちゃんと沙都くんも入ってたけどなあ。」
そう言ってニッと笑った。
「え?」
「三人ともタイプの違う男前だよ。沙都くん、二人に全然引けを取ってなかったと思うぜ。」
「僕なんか…全然…」
「そうかなあ。沙都くんと付き合い始めてからの紅美ちゃん、顔付が柔らかくなったと思う。癒されて安心したんじゃないかな。」
「……」
「彼女、俺らの知らない所でずっと闘ってきた感じするじゃん?沙都くんの前だと、そういうのから解放されるんじゃないかな。」
曽根さんの言葉は、すごく嬉しくて…
僕は、ここに来てもう…何度泣いちゃってるだろ。
…弱いな…
「…紅美ちゃんを連れて行くのは…紅美ちゃんにも、ノンくん達にも残酷かな…」
ちびりちびりと飲みながら、僕はDANGERでの楽しかった日々を思い出した。
恋のライバルでもあったはずのノンくんは…全然そういう顔をせず、僕に花を持たせてくれたり…
なんで?って思ってたけど…ノンくんは、解ってたのかもしれない。
ノンくんがそうするより、僕がそうした方が。
紅美ちゃんにとっては癒しだ。って。
僕と紅美ちゃんには歴史がある。
それだけ…紅美ちゃんは僕に心を開いてくれる。
…歴史…
今、何か少し…引っかかった。
紅美ちゃんと僕には…歴史があって。
常にそこにいたから…紅美ちゃんが僕に癒されるのは、当然かもしれない。
僕だって、紅美ちゃんがいてくれるのが当たり前みたいな生活をしてたから…視界に紅美ちゃんがいないと、不安だ。
…それは、愛?
愛なのかな…?
…習慣…
じゃない…よね…?
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