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 〇朝霧沙也伽  その光景に…  あたしは少し泣きそうになってた。  紅美と先生が、プロレスしてる…。  先生への気持ちを、あんなに思い悩んで、消化したくてもできなかった紅美。  だけど、笑い合って別れたって聞いて…本当に、それで良かったの?って思った。  それでも、沙都の頑張りもあってか…紅美は沙都と寄り添う事が多くなって。  あたしとしては、不器用ナンバーワンのノンくんが…って思ってたけど。  まあ、紅美が選ぶなら…  沙都でも先生でもノンくんでも、応援しようとは思ってた。  だけど、どう考えても…まだ紅美は悩んでる。  だから、今は選ばなくていいんじゃない?  品定めしなよ。って言ったんだけど…  沙都に連れられてバルコニーに出た後から。  紅美の様子が激変した。  もう、何か忘れたいからはしゃいでる。  それでしかなかった。 「あいてててて!!」 「先生…本気で痛がってない?」 「プロレス技には免疫なさそうだからな。」  ベッドの上で、ノンくんは笑ってる。  …この男がまた…  ちょっと普通の人とツボが違うって言うかさ。  本当なら、ここ、妬いていいとこだよ?  大好きな紅美が、元カレとプロレスだよ?  密着だよ?  何なら抱き合ってるようにも見えるよ?  先生は痛がってるけど、嬉しそうでもあるもん。  なのに、ノンくんは…そんな二人を優しい目で笑ってんのよ。  何だかなあ…  もしや、先生もノンくんも、M? 「ニカ!!情けないぞ!!」 「そ…そんな事言って…!!あいーっ!!紅美!!いわっ言わないから!!」  曽根さんは大笑いしてるけど。  その向こうに…約一名。  かなーり…目が座ってる男がいる。  沙都。  あんた、バルコニーで紅美に何言ったの。 「あースッキリした。」  紅美はそんな事を言いながら、手を叩くような仕草。  うんうん。  発散しなよ。 「んじゃ、俺も告白すっかな。」  紅美があたしの隣に座りかけた瞬間。  今度は…ノンくんが言った。 「いつだっけな。ゴールデンウイークにオフもらった時か。」 「え?何々?聞きたい。」  あたしが目をキラキラさせると。 「な…何の話よ…」  紅美は、座りかけてたのに…やめた。  …あんた、結構どこそこで何かやらかしてんのね… 「ゲームしただけじゃん!!」  ノンくんが先を言ってないのに、紅美はノンくんに跳びかかった。 「うわっ!!」 「ちくしょー!!どいつもこいつもー!!」 「あはは!!いいぞーやっちゃえやっちゃえー!!」  あたしが盛り上げると。 「まだ何も言ってねーだろ!!あたっ!!いててて!!!」  うわ~…ノンくんの悶絶する顔っていい♡  …って思ってたけど… 「えっ…」  突然、形勢逆転。  ノンくんはかけられてた足技を、体をひねって外すと… 「どうだ。」  紅美を抱えてうつ伏せにして、背中に手を置いて得意げに言った。 「残念ながら、俺もプロレスは得意なんだよ。聖を餌食にしてやってたからな。」  ああ…いつもの悪魔の顔だ… 「キリ!!女の子相手に酷いぞー!!ニカみたいにやられてやれよー!!」 「いや…俺は本気でやられたし…」 「えっ、ニカ…マジで?」 「おまえもやられてみろよ…マジつえー…」 「…遠慮しとく…」  曽根さんと先生の会話に噴き出しそうになったけど。  あたしは紅美を応援する。 「頑張れ!!負けるな紅美!!」  そう言ってるあたしの横を、風が通った?  と思ったら。 「うわっ!!」  沙都が。  ノンくんをベッドから突き飛ばして。 「え…え?」  紅美の手を取って。  走って部屋から出て行ってしまった。 「……」 「……」 「……」 「飲もっか。」  あたしの言葉で、景色が動いた。  沙都が紅美を連れ出して。  部屋の中は…フリーズしてた。  ノンくんは沙都に突き飛ばされて、ベッドから落ちたままだったし。  先生は反対側の部屋のベッドで、何かの銅像みたいになったまま動かなかったし。  曽根さんも…口を開けて呆然としてたし。 「もう、二人とも…沙都の応援するなんてバカだねー。」  あたしはそう言って、グラスにお酒を注いだ。 「…別に沙都の応援をしたわけじゃない。」  ノンくんはそう言ってベッドに戻ると、サイドボードに置いてたグラスを持って、寝転びながらグラスをあたしの前に出した。  そのグラスにお酒を注ぎながら。 「ノンくんは、自分を引っ込め過ぎ。」  嫌味っぽく言うと。 「同感。」  曽根さんと…先生までがそう言った。  え?  何?  あたし、ついサラッと言っちゃったけど…  先生、ノンくんの応援もしてたの? 「別に沙都が気に入らないわけじゃないが…華音が紅美のそばにいてくれたらいいって思ってたのに。」  先生はそう言いながらゆっくり起き上がって、ノンくんと同じようにグラスをあたしの所に持って来た。 「…出しても引っ込めても、選ぶのは紅美だからな。別に俺はあいつが誰とくっつこうが、笑っててくれるならそれでいい。」 「…意外とお人好しだよね…ノンくん。」 「意外とって何だ。」 「ほんと…バカがつくぐらいのお人好しだ。」 「曽根に言われるとムカつく。」 「じゃ、俺が言う。バカがつくぐらいのお人好しだ。」 「…ま、海に言われるなら仕方ないか。」 「何でだよキリ!!」 「…飲もう!!旅の最後は、みんなで笑っていようよ!!明日のために、今日は飲もう!!」  あたしがグラスを上げると。 「サンキュ、沙也伽。」  ノンくんはそう言って、あたしにグラスを向けて。 「同じく。」  先生も、そうした。 「じ…じゃあ、俺も…」  曽根さんは無理矢理っぽかったから。 「曽根さんは別にいいや…」  そう言って乾杯を拒んだら。 「みんな、俺にだけ冷たい…!!」  曽根さんは、大げさに泣くふりをした。  …今日は、部屋に帰れないなー。
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