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 退院した。  海くんは、あの夜を境に姿を見せなくなって。  すると当然…会う事はなくなった。  ただ、今はバンドの事だ。と、あたしも思ってて。  会えない事はさほど気にならなかった。  あたしは気持ちを伝えたし。  退院して少しずつ…ボイストレーニングを始めた。  しかも…ノンくんがしてくれた。  この人、やっぱちさ兄の息子だなって思った。  何でも一通り出来なきゃ気が済まないちさ兄は、どんな楽器もこなせる。  サックス吹いてるの見た時は、さすがにビックリしたなあ…。 「よし。だいぶ戻ったな。」  キーボードを片付けながら、ノンくんが言った。  鍵盤も出来るの!?って驚いたあたしに。  コードしか弾いてねーじゃん。ってさらっと言ったけど…  いや、あたしは鍵盤でコードを弾けって言われても、いきなりスマートに弾けません…。  それから、ギターの練習と言うより…特訓もした。  ノンくんと向かい合ってバッキング合戦したり。  普段、あたしはソロを弾く事はないんだけど。  ノンくんのソロパートをあたしが弾いてみたり。 「おまえ、なんでハイポジになると雑なんだよ。」 「えっ、雑?」 「急いでスライドさせ過ぎ。そこはもう少しゆっくりでも間に合うから。」 「…こう?」  ノンくんの言う通りにやってみる。 「もう少し…そ。それぐらい。」 「あー…なるほどね…あたしチョーキング入る前に少しカッコつけてるからさ。」 「それで急いでたのか。」 「うん。」 「ふっ。まずは基本。」 「…はい。」  そうだよね…まず基本。  あたし、無駄に出来ちゃってたからな…  ずっと基本無視って感じあったし。  いい機会だ。  ちゃんとやっていこう。 「おし。もう一回頭から。」 「うん。」  ノンくんとカウントを取りながら曲に入る。 「裏から入るな。」 「うっ…」 「今んとこ一音少ない。」 「ひー…」  ダメ出しをされながらのそれは、随分と刺激になったし…  負けたくない。  そんな気持ちを強くしてくれた。  誰もが尊敬して憧れる神千里の息子であるノンくん。  出来ないわけがない。  ううん…  下手すると、それ以上の事だって出来ちゃうよ。  だって、今まで全力じゃなかったはず。  それが…これから本気になれば… 「……」  小さく頭を振る。  ノンくんがどうであろうと、あたしはあたしなんだ。  誰かと比べるなんて、意味ない。  …負けたくない。  ノンくんに。  じゃなくて。  自分に。  あたしは、ここまでしか出来ない女じゃない。  もっと出来るはず。  音楽も…  …恋も。
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