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 デビューが決まった。  そうなると…  あたしは、それを伝えたい人がいた。  …海くん。  こっちにいても、全く連絡取らないし…会う事もないし…  だけど、何となくだけど…  海くんは、あたしがどうしてるかを知ってくれてる気がしてた。  …自惚れかな…。  久しぶりにオフが出来て。  沙都と沙也伽は日本にいったん帰国した。  あたしにも帰ろうって沙都はしつこく言ったけど、行きたい所があるからって言うと…渋々諦めた。  ノンくんは、こっちの事務所の看板バンドのレコーディングを見学したいって、オフでも毎日事務所に通う宣言。  ふむ…  音楽バカだ。  母さんは本部の場所を知ってるのかなと思って、電話してみたんだけど。 『車であちこち曲がりくねって連れて行かれたから、覚えてないわよー。』  曲がりくねらなくても、こっちの地理を知らない母さんに覚えられるわけがなかった。  そんなわけで…  わっちゃんに電話すると。 『今、空がそっち行ってるから連絡してみろよ。』  頼もしい言葉が。  …でも…  空ちゃんと、海くんの事は話しにくいな…。  と思ってたけど。 「紅美。」  空ちゃんの方から連絡をくれて。  あたしは、約束のカプリに出向いた。 「久しぶりだね。」 「ほんと。あんた、こっちでデビューなんてすごいじゃない。」  空ちゃんはカプリの真ん中にあるステージを見て。 「ここで…紅美がギター弾きながら歌ったのを聴いたの、昨日の事みたいに思い出すわ。」  少し…感慨深そうに言った。 「すごく昔みたいに言うけど、ほんの一年半ぐらい前の話だよね?」  あたしが笑いながら言うと。 「…良かった。あんたが笑ってて。」  空ちゃんは…少しだけ目を伏せた。 「……」  そっか。  空ちゃんは…あたしが流産した時病室にいてくれたし…色々知ってるはずなのに。  あの後…こうやって話す機会なんてなくて。  マキちゃんとここで再会して、調子に乗ってギター持ってステージで歌った時、客席にいたのを見かけたり。  そのステージがキッカケで、DANGERでここに出た時も…客席にいたのが見えて。  …空ちゃん、カプリが好きだなあ。  なんて思ったっけ。  それからは…椿で偶然と、沙也伽んちに遊びに行って会ったぐらいか…。 「明日は?何かある?」  空ちゃんが、あたしの顔を覗き込みながら言った。 「え?ううん…何もないよ。」 「じゃ、今夜はとことん飲もう!!」 「……」  あたしが目を丸くすると。 「いいじゃない。今夜は妻も母もお休み。さ、紅美、付き合ってよ。」  空ちゃんは気持ちいいぐらいの笑顔で… 「かんぱーい♪」  グラスを合わせた。 「あはは!!そうそう!!あれって泉が言ったんだっけ!?」  以前は浴びるほど飲んでたけど、出産してからはあまりお酒を飲まなくなったらしい空ちゃんは。  かなり弱くなってしまってたのか…ビール二杯で、すごく酔っ払った。 「空ちゃんが言ったんだよ…」 「えー!?あたし、そんな失礼な事言った!?」 「言ったって…それより、声が大きいよ。他のテーブルの人、みんな見てる。」  あたしが周りを見渡しながら言うと。 「…よし。紅美んち行こ。」  空ちゃんは、バッグを持って立ち上がった。 「え…えっ?」 「行こうよ。今夜泊めて。」 「……」  あたしは苦笑いしながらも、腕を組んできた空ちゃんを見て。 「…温泉に行ってた頃を思い出すね。」  何となく…小さくつぶやいてしまった。  すると… 「……」  空ちゃんは急に立ち止まって。 「…楽しかったね…あの頃…」  沈んだ声…。 「…とにかく帰ろっか。歩くの危なそうだから、タクシーにしよ。」  カプリを出て、店の前に停まってたタクシーに乗り込む。  その間…空ちゃんは泣きそうな顔でうつむいてて。  ああ…あたし、余計な事言っちゃったな…なんて思った。 「へー…いいとこ住んでるわね。」  アパートについて、空ちゃんは部屋に入ってすぐにキョロキョロしながら言った。 「空ちゃん、コーヒーにする?」  あたしがキッチンから声をかけると。 「何言ってんのよ。ビールビール。」 「…もうやめといたら?」 「えー。」  唇を尖らせて、不服そうな顔。 「…じゃ、もう一本だけね。」  冷蔵庫から缶ビールを出して、一本を空ちゃんに渡す。  二人してソファーに座って… 「最近、兄貴に会った?」  缶ビールを開けながら、空ちゃんが言った。 「…ううん。連絡先分かんないし。」 「あたしさ…後悔してるんだよね…」 「後悔?」 「朝子と泉とでこっちに来た時…紅美と兄貴の様子見て、すぐ気付いたんだ。二人が怪しいって。」 「……」 「あの時、すぐに朝子に諦めろって言えば良かった。それに…怪我したからって…兄貴が朝子を選ぶって言った時、止めれば良かった…って。」 「空ちゃん…」 「…あたしだけ…幸せになっちゃったみたいで…ずっと心苦しいんだよ…」 「……」  一気に…気持ちがあの頃に戻った。  …海くんの事が大好きで。  歌う事も楽しくて。  毎日が充実してて。  だけど…朝子ちゃんが来た時、あたしは…怖かった。  …朝子ちゃんが海くんを待たないって言った事に対して、本当にいいの?なんて聞いたクセに。  あたしは…結局、朝子ちゃんを傷付けたくなかったんだ。  それに…空ちゃんと泉ちゃんも。  あたしなんかが相手だって知ったら、きっとみんなガッカリする。  そう…どこかで思ってたんだと思う。  朝子ちゃんはともかく…空ちゃん泉ちゃんは、海くんの妹。  二人とも、ブラコンだって言ってたし。  その相手が…戸籍上はイトコで。  実の父親が犯罪者…  あたしにとっても、海くんは完璧な人で。  だからこそ…相手があたしなんかじゃ…って気持ちが大きかったのかもしれない。  二人でいる間は良かった。  まるで夢のような毎日で。  そこでは、二階堂なんて関係なくて。  海くんは、仕事を終えたら帰って来て、あたしを抱きしめて眠る。  そんな…普通に思える毎日が…たまらなく愛しかった。 「…空ちゃんが幸せでいてくれて、あたしは嬉しいよ。」  あたしも缶ビールを開ける。 「朝子ちゃんだって…海くんとは上手くいかなかったみたいだけど、最後に会った時は…笑ってくれたし。」 「え…朝子に会ったの?」 「うん。事務所の前で待ち伏せされてた。」 「…朝子、二階堂を出てった。」 「うん…朝子ちゃん、変わりたいって思える何かに出会えたんだろうね。いい顔してた。」 「…そっか…」  空ちゃんは溜息をつきながらも…ビールを飲み進めた。 「兄貴の事…まだ好き?」 「うん。」  あたしの即答に、空ちゃんは驚いて。 「ビックリした…そんなに素直に言われると思わなかった。」  笑った。 「ずっと…もう忘れたいって思ってたけどね。でも、全然忘れられなくて。だったら、好きでいようかなって。」 「…辛くない?」 「あの時に比べたら、全然楽。ただ…海くんは色んな事に苦しんでるのかなって思うと…」 「……」 「…その色んな事から、何とか…解放されて欲しいって思うんだけどね…」  あたしが伏し目がちにそう言うと。  空ちゃんは、あたしの手を握った。 「え?」  あたしが笑いながら空ちゃんを見ると。 「兄貴はもう…誰とも恋愛も結婚もしないと思う…」  空ちゃんは、切なそうに言った。 「…どうして?」 「邪念を持っていたくないからじゃないかな…仕事で失敗したら大変だし…」  …それは分かるけど… 「…朝子ちゃんと終わったから、はい、あたしと。ってのはないって思ってるよ。だけどさ…あたし、別に海くんがあたしを好きじゃなくてもいいから…」 「……」 「笑ってて欲しいんだよ…」  以前の海くんは…優しい笑顔の人だった。  二階堂の仕事で…黒づくめの時も。  だけど。  今の海くんは。  笑わないし…  近寄りがたい雰囲気を出しまくってる。 「……」  空ちゃんは、じっとあたしの顔を見てたかと思うと。 「…紅美…」 「な…何?」  ずい、と…あたしに顔を近付けて。 「…あんた…ほんとに…いい女だね…」  ギュッと、あたしを抱きしめた。 「うわっ!!ビールビール!!こぼれちゃうって!!」  あたしが空ちゃんの腕を掴みながら言うと。 「紅美。今から行きなよ。」 「…え?」 「兄貴、今夜はもう家に居る。」 「……」 「これ、住所。」  空ちゃんは、バッグから…誰かの名刺の裏に書いた住所を見せてくれた。 「……」  その住所を見て。  そして、裏返して名刺を見ると… 「…小田切隆夫?」 「よっぽど先生が楽しかったのかしらね…ずっとその偽名使ってるわ。」 「……」 「行っておいで。」 「…でも…」 「朝子がダメだったから、紅美にする。あたしは、それのどこがいけないの?って思うんだけどね。」  空ちゃんは前髪をかきあげて。 「誰にも明日は分からない。それなら、今の気持ちはぶつけなきゃ…。」  あたしの頬を、優しく撫でてくれた。
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