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 クリスマスイヴ。  昨日、沙也伽のご両親が来米されて。  予告通り、一ヶ月間沙也伽と生活…のはずが。  あたし達、仕事を干されてしまって…  ちさ兄には。 『あ?来るなって言われた?だからどうした。どうにかしろ!!』  そうとだけ言われた。  …どうにかしろって言われても…  とにかく、沙也伽はご両親に用意された裏のビルにある部屋に移って。  あたしは束の間の…一人生活。  と、思ってたら… 「来ちゃった。」  何の連絡もなく…母さんが来た。 「い…いきなりだね。」 「サプライズってやつ?」 「まあ…ある意味そうだけど…」 「せっかく来たのに、紅美、暗い。」 「……」  あたしはクッションを抱きしめてソファーに斜めに沈み込むと。 「…あたし、ダメダメなんだ…」  力なくつぶやいた。  母さんはキャリーケースを開いて、自分の荷物を出しながら。 「ダメダメじゃいけないの?」  笑った。 「…ボーカル、おろされた…」 「えっ?」 「ノンくんの方が上手いから…そうしろって…」 「……」  母さんはあたしの隣に座ると。 「それで、あっさり引き下がったの?」  険しい顔で言った。 「…ノンくんの歌聴いた時…震えたよ。」 「……」 「初めてだよ…あんなの聴かされて…もう、あたし、この人の前で歌いたくないやって思っちゃったのなんて…」  そう…  ノンくんが上手過ぎて…  あたしは、もうノンくんの前で歌なんか歌えないって思った。 「…なるほど…ダメダメね。」 「…でしょ…」 「まあ、最高のボーカリストの血が存分に流れてるんだから、当然と言えば当然だけど。」 「……」 「ノンくん、小さな頃から嫌な思いしてるのよ?」 「…え?」  あたしはクッションに突っ伏してた顔を上げる。 「あ、ついでにサクちゃんも。」 「…どういう?」  母さんの話は、こうだった。  ノンくんもサクちゃんも。  小さな頃からさすがに歌が上手くて。  幼稚舎の時はすでに目立って上手くて。  隣に並ぶ子達が、気後れするから、大きな声で歌わないように。  なんて先生に言われて…  ちさ兄が、キレた。  だけど、心優しい二人は。 「みんなと歌いたいから、同じようにする。」  と…。  初等部に上がると…今度は。 「メインは、桐生院くんに歌ってもらいましょう。」  みんなと同じように。じゃなくて。  ノンくんだけ、サクちゃんだけがメインになりつつあって。  それをやっかむ子も出てきたりして。  サクちゃんはわざと風邪をひいて、ちさ兄に怒られたり。  ノンくんは…声変わりで音程が取れなくなった。って、長い長い声変わりをしたり。  そのうち… 「音楽には興味ないから。」  二人ともが、そう言って…ちさ兄をガッカリさせた。  特に音楽に夢を持ってなければ…  いじめに立ち向かうほど、強い気持ちで守りたいとは思えないかもしれない。  蛙の子は蛙…なんて、それは蛙の子以外から見ると、羨望半分嫉妬半分で…  自己主張が強い小さい頃は特に…嫉妬には耐えられなかったと思う。  それでノンくん…合わせる事を覚えちゃったのかな… 「早く俺に追いつけって言われたんだ…」  あたしがつぶやくと。 「悔しいって思うなら、出来るんじゃない?」  母さんは、あたしの頭を撫でてくれた。 「…ノンくんのレベル、相当高いよ…?」 「諦めるの?」 「…諦めたら…あたし、もっとダメになっちゃうよ…」 「だったら、頑張ればいいじゃない。紅美は昔から何だって出来ちゃう子だったから、打たれ弱いのよ。」 「…今、こそっとキツイ事言ったね?」 「そう?でも、何でも出来てたでしょ?」 「…うん…」 「母さんはねー…みんなに愛される姉さんに嫉妬してたわ。」 「…え?」  いきなり、母さんのカミングアウト。 「姉さんって…知花姉?」 「うん。何であの人ばっかり。って。でもね、姉さんは愛されるだけの事をしてたし、あたしは何もしてないクセに、愛されたいってばっかり思ってたの。それに気付いた時…あたしもちゃんと姉さんの事を認めて好きになれたし…自分のダメな面が分かった。」  あたしから見たら…  母さんは、愛されキャラに思える。  ちさ兄だって、みんなに厳しい事言うクセに、母さんには…ちょっと甘いよなあ?って思うもん。  …何か弱みでも握って…? 「紅美は、出来ちゃうから。たぶん、他の人の努力のそれより、頑張りが足りないんじゃないかな。」 「…グサグサくる…」 「ごめんごめん。でも、理由はそれなのよ。」  …思い当たり過ぎる。  だから…何も言えない。  あたし…本当、自分の才能に甘えてる…。  あたしよりノンくんが出来る人だってのは、解ってたはずなのに。  実際…思ってた以上の才能を見せ付けられて…へこんだ。 「…母さん。」  あたしは、母さんの腰に抱きつく。 「えっ…どうしたの…」 「…ちょっと…甘えたくなった…」 「…大丈夫よ…紅美。母さん、応援してるから。」  母さんは、あたしの髪の毛を耳にかけたり撫でたりして。 「紅美次第で、絶対ノンくんに追いつけるから。ノンくんは…敵じゃないわ。紅美の味方よ?」  優しい声で、そう言ってくれた。  …うん。  ノンくんは…敵じゃない。  あの歌を聴いて、脅威だと思ったけど…敵じゃない。  いい意味でのライバルで…  仲間だ。  大事な…  仲間だ。
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