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 〇桐生院華音  ドアがノックされて。  沙都か沙也伽か紅美…紅美は今はないか…  どうせ、沙都か沙也伽かと思って。  シャワーから出たばかりの俺は、上半身裸で、歯ブラシをくわえたまま…ドアを開けた。 「お酒でも飲みに行かない?」  ドアの前で、可愛く首を傾げたのは…  麗姉。  俺のおふくろの妹で、俺の叔母。  …紅美の母親。 「…へ?ひふひはほ…」 「ふふ。いやね。何言ってんの。何も予定ないなら、服着て来て。」  パチン、と俺の胸を叩いて、麗姉は中に入るとソファーに座った。  何となくギターを弾く気にもならなくて、今夜はもう寝よう。なんて思ってたんだけど…  とりあえず…出掛ける支度をする。  なんで麗姉が?  …まあ、紅美の所だろうけど。 「ノンくんと飲みに行ったなんて言ったら、姉さんに妬かれちゃうかしら。」  麗姉は近所のバーのカウンターで、そう言って笑った。 「一人で来た?」 「ええ。陸さん仕事あるし。」 「…紅美、平気そう?」  グラスに目を落として問いかけると。 「気になるなら会えばいいじゃない。真向いにいるんだし。」  麗姉は、あっさり。 「あいつが会いたくないかなと思って。」 「あら。意外と控え目な所もあるのね。」  つい、首をすくめてビールを飲んだ。 「ノンくんほどじゃないけど、昔から出来る子だったからね…。今は試練って感じかしら。」 「…俺は出来る事が嫌で合わせてたけど、紅美は出来る事を悪い事じゃないからってちゃんと武器にしてたよな。」 「両極端な二人ねぇ。」  俺は…昔からそうだった。  出来てしまう事で目立つのが嫌で。  それで…ある程度みんなに合わせてた。  全力でやりたい事がなかったし、それでちょうどいいとも思ってた。  学祭のステージ裏でギターを弾くのも…全力で弾いた事なんかなかった。  それでも喜ばれた。  出し惜しみじゃなくて…  出し方が分からないんだ。  紅美は…昔から一番になるのは頭のいい奴の特権でしょ!!と言わんばかりに。  何でもトップだった。  俺には、そういう開き直る強さがなかった。  …家族の事は愛してる。  だけど…  サラブレッドと言われることが嫌だったのかもしれない。  出来て当たり前。  出来たとしても、それは俺の力じゃなく…サラブレッドの血として受け取られる。  ほんとは俺だって、頑張りたい。  そういう熱を持ちたいのに、と。  …ガキだな。 「…俺さ。」 「うん。」 「本気で…紅美のボーカルじゃないと、やってく気ないんだ。」 「…そ。」 「でも…何言っても…紅美には響きそうにないから…」  グラスに残ったビールを一気に流し込む。 「…落ち込んでるわね。珍しく。」 「…珍しく。は、余計だろ。俺だって普通に落ち込むさ。」 「ゴシップが出た時でさえ、堂々としてたのに?」 「あれは…別にどうでもいい事だったから。」 「いつから、紅美の事好きなの?」 「いつだっ……って、おい。流れで何言わせんだよ。」  心拍数が上がった。  俺…今、普通の顔してるか? 「ありがとね、ノンくん。」 「…何。」 「紅美の事、これからも宜しくね。」  麗姉は、俺が何も言ってないにも関わらず。  勝手にそう言ってビールを飲み干して。 「ちょっとオシャレなお酒でも飲んでみようかな~?」  壁に貼りつけてあるメニューを指差して笑った。
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