証言二・土浦英二郎の話

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証言二・土浦英二郎の話

 あの女は花嫁なんて綺麗なもんじゃあ全然なかった。全然な。オレは一生許さない。 証言二・土浦英二郎の話  オレがあの女に出会ったあの日は、ひどい雨の日だった。うちはこの辺りの土地を仕切ってる家だったから、あんまり雨がふられると困るんだよ。地価が下がるからな。  まぁ、そんなことは今になっちゃあどうでもいい。あの女の話だったな。オレはその時まだガキで、何のためにあの女が来たのかも知らなかった。祝言、なんて言葉、小学校にも通うかどうか、みたいなガキが分かるはずもなかったさ。ただ、父さんから「みのりさんはお前の義姉(ねえ)さんになるんだぞ」って言われたのは覚えてる。あの女はすげぇキレイだと思ったよ。「やまとなでしこ」とか言ったか。あんなキレイな人、今まで見たことなかったさ。それが自分の義理って言っても姉さんに、家族になるんだ。浮かれないはずがないだろ。  うちに来たアイツは、オレの面倒もよく見てくれたよ。何だかんだって世話を焼いて、親父やお袋も随分あの女を気に入ってた。兄貴なんて人が変わったみたいにニコニコしてた。あぁ、幸せなんだなってガキだったオレにも分かったくらいだ。  そんな感じで、オレたちはあの女を歓迎したよ。今から思えば、なんであの時止めなかったんだ、って後悔しかねぇけどな。  あの女がオレの家に嫁いできてから、はじめはすげぇうまく行ってたんだ。嫁を迎えたからってことで、家業は兄貴が継いだ。それまでも散々親父の後について行って勉強してたこともあるしな。  けど、それも長くは続かなかったさ。あんまりにもうまくいくもんだから、まずは周りがうるさくなった。  うちの羽振りの良さは、裏で汚いことをしてやがるからだ、なんていい出す輩が増え始めた。うちはまっとうに商いをしてただけなのにな。  当然、オレ達はそんな妄言に聞く耳を持たなかったさ。いいたい奴には言わせておきゃあいい。そのまま無視を決め込むつもりだった。あんまりにうるさい奴らには、そんときに打てる手を考えればいい。相手が何か直接してくるなら、証拠を持ってポリ公に突き出せばいい。そんなふうに思ってな。  そのうちそんなことを言い出す輩はぱったりいなくなった。良いことだと思った。けどな、そんな輩がいなくなるのと同時に、周りの奴らはオレ達を避け始めた。そのせいで仕事もどんどん減っていった。  おかしな話だ。オレだけじゃあなくて兄貴もそう思ったらしい。露骨にうちを避ける奴らのひとりをとっ捕まえて、うちまで連れてきたのさ。対抗業者でも出てきやがったのか、と尋ねた。あくまで「穏便に」な。  始めのうちは、喋る気もなかったらしい。終始何でもないの一点張りだ。早く帰らせてくれ、とそんなことばかりを言う始末。これでも、連れてきた男は兄貴の友人だったんだぜ?  結局何も吐きそうもねぇから、帰らせようかと思った時だ。兄貴の嫁、あの女が入ってきた。  連れてきた男の顔色が変わった。まるで恐ろしいもんでも、それこそ幽霊でも見たみてぇに真っ青になりやがった。ガタガタ震え出しでもしそうなほどな。  そんな兄貴の友人を見て、あの女もとっさに顔を伏せやがった。  そんな様子を見りゃ、何かあったと思うのが道理ってもんだ。兄貴はとりあえず呼び出した友人を帰らせた。帰ったそいつはそれ以降どっかに越していって、連絡もつかなくなったそうだ。  で、あの女だ。兄貴が「何があったのか」と問いかけても、あの女はまともに答えようとしなかった。貝みてぇに押し黙る、っつうのはああ言うのを言うんだな。  夫婦(めおと)の間にも言えねぇことか、と兄貴は詰め寄った。そうすれば、突然怯えたみてぇにあの女が離れやがる。  問答は随分長かった。オレがガキだったから堪え性がなかった、っつうだけじゃあなかっただろうさ。  不貞でも働いたのか、と兄貴が尋ねた。それくらいしか思いつきやしなかったからだ。地を這うようなその声を、オレは初めて聞いた。  そんなことはありません、とあの女は答える。それなら何を言えずにここにいるのかと、問答は終わりやしねぇ。  結局、あの女は何も言わなかった。何かあったはずだと、兄貴は興信所なり探偵なりに頼んで調べさせた。  そうすると、奇妙な噂が出てきたのさ。  「あの女に関わると酷い目に遭う」  そんな話がいくつも聞こえてきた。悪いうわさを流したいだけのデマか、とも思ったが、あの女の言動も気になってた。オレだけじゃなく、兄貴もな。  そうして調べりゃあ、出るわ出るわ。蒸気車に当たって怪我をした、あの女と仕事で一緒になった後に体調を崩して寝たきりになっただの、ゴロゴロとな。  この結果を持って、兄貴はあの女を問い詰めた。  そうしたら、あの女はなんて言ったかと思いや、「私は知らない」ときたもんだ。  ただの偶然にしちゃあその事故の数が多すぎた。  そのしらばっくれ方に、とうとう兄貴がキレた。三行半を叩きつけた。隠し事ばかりか人様を傷つけるような人間に用はねぇってな。  あの女は違う、そうじゃないと何度かいいよったが、それまでのことがある。兄貴の堪忍袋の尾も限界だった。聞く耳を持ちやしなかった。当然だろう。  結局、あの女に一週間で荷物をまとめさせて、家から追い出した。最後にはあの女も何も言わなかったな。  あの女の存在が悪いうわさを流しているというのなら、それが取り払えればいいと思った。関わりあうだけで害がある、なんてまるで呪いみたいじゃねぇか。そんな人間には出て行ってもらうに限る。  正直、もう気味が悪かったんだよ。  けど結局、あの女がいなくなってもうちについて回る悪評が拭われることもなけりゃあ、商売も成り立たなくなったまま。ますます悪くなったところすらあった。家財も売っぱらうはめになって、今じゃその日暮らしにまで落ちちまった。  あの女は、うちを壊すだけ壊していきやがったんだよ。
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